#12 暮らしにひそむ、気づきの宝庫
“発酵的”学びが循環する「湖のスコーレ」

ここは学びの生まれる場所。そして琵琶湖からこの土地に根付く暮らしの知恵を学ぶ場所

スコーレとは、ギリシャ語で“学校”を意味する言葉です。今回訪れた「湖(うみ)のスコーレ」には、学校のように文化を育むためのあらゆるコンテンツがちりばめられています。

 

発酵から暮らしを見つめる「文化の宿る場所」

滋賀県長浜市。伝統的建造物群を生かした黒壁スクエアでよく知られる人気の観光地です。情緒的な街並みの残るこの長浜市旧市街エリアの一角に、湖のスコーレがあります。

湖のスコーレを一言でいうなれば、“発酵を中心とした体験型商業文化施設”。

「この場所で学校のように文化を育んでいきたい。それを滋賀で実現するためにどうするかと考えたとき、発酵を中核に据えることとなりました」と、広報の高本絢子さんは話します。滋賀の食文化の象徴ともいえるこのテーマを軸として、多くの企画立案やコンテンツづくりが進んできたそうです。そして、自分たちだけではなく多くの人との関わりを持って、みんなで形づくっていくことにも重きを置いています。実際に県内のさまざまなプレイヤーと一緒につくる施設として、2021年12月23日、湖のスコーレはオープンの日を迎えました。

具体的な施設を決めていくにあたっては、県内の多くの事業者さんが参加されました。竜王町の「古株牧場」からは搾りたての生乳が届きます。

「古株さんが生乳の提供とチーズ製造するための研修や監修に関わってくださることになり、製造区画の一角にチーズ製造室と熟成庫を設置することにしました。」

ここでは、古株つや子さんのご指導のもとオリジナルチーズの開発にも取り組んでいます。

「湖のスコーレにある醸造室は、この場所でお酒を造れたら…というアイデアから生まれました。新しく醸造施設を設けることも酒造免許を取得することも容易ではないからこそ、醸造家には皆が応援したくなる、熱い思いとこれからの可能性を感じる方をお迎えしたいということで、醸造家のハッピー太郎さん(池島幸太郎さん)にお声がけをすることになりました。」

糀屋さんでありながらお酒をつくるのが夢であったということもあり、設置した糀室と醸造室で、糀からどぶろくや甘酒づくりにチャレンジすることになったそうです。

取材に伺ったこの日も、ハッピー太郎さんは忙しく仕込みをされていました。このように目の前で作業が見られるというのもなかなかないこと。気軽に見学ができることも湖のスコーレの魅力のひとつです。

 

「そして、これらつくったものを食べる場所としての喫茶室、買って帰っても食べられるようにとテイクアウト型になっている『発酵スタンド』ができました。」

喫茶室ではチーズや味噌を中心に、牛乳、小麦、果物など滋賀県内の食材を使ったメニューで構成され、デザートやドリンクまで種類豊富に並びます。一方の「発酵スタンド」では、季節ごとに発酵肉まんや発酵シュークリーム、発酵茶や発酵生姜、甘酒を使ったドリンクなどが提供されています。せっかくここを訪れたのなら、滋賀の食材のよさを実際に食べてみることでぜひ体感して頂きたいですね!

 

また入口すぐの広々としたストアでは、家で食べるときに使える器や生活雑貨などをご提案。商品群については「地元の人にとっての新鮮味を残しつつ、滋賀ならではの発見もできるように」という考えのもと“滋賀のものが3割、その他を7割”のバランスでセレクトされたそうです。“本物であること、偽りないモノづくりであること”にもこだわり、湖のスコーレのために全国から集めたアイテムが200坪のストアに取り揃えられています。おしゃれで実用的なアイテムも多く、新たな発見に出会えるかもしれません。

 

また、隣には“文化棟”とも呼ばれる建物もあり、こちらは1階が約3000冊のセレクトされた新書・古書のある図書印刷室、2階は「やまなみ工房」のみなさんのアート作品を展示・販売するギャラリーとなっています。他ではあまり見かけないようなこだわりのラインナップはある意味で刺激的。つい足を止め、手を伸ばしたくなってしまいます。訪れる方それぞれの感性をくすぐるなにかが、この文化棟にはあるように感じました。

 

こうしてみると、湖のスコーレは、暮らしに直結する学びがそこかしこにある施設だということがよく分かります。それを裏付けるように、高本さんはこう話します。

「単純な商業施設ではなく『文化が宿る場所』としてできあがってきた施設なんです。」

 

「作り手が売り手である」ことで伝えられる価値

湖のスコーレの特徴のひとつは、“ものの良さをしっかりと伝えられること”です。

これについて高本さんは「生産者さんの想いやひとつひとつの作業の大変さを消費者に伝えるためには、そのプロセスをきちんと分かっている必要があると思っています」といいます。想いや苦労を知っていたり、その作業を体感していたりすることで説得力が出る。すなわち、スタッフ自身が作り手となることで活きた言葉でものの良さを伝えていこう、という考えなのだそうです。

高本さんは「長浜に街歩きを楽しみにいらしている方ももちろんですが、湖のスコーレを目的に長浜を訪れる方を増やしていきたいと考えていました」と開業前にあった想いも語ってくれました。そのためにこだわったのは、来場したそれぞれの方に発見があるような品揃え。

「立ち上げに関わったメンバーが、“自分たちが子どもの時に出会っていれば人生が変わっていたかも” “子どもの時に触れていればより感性が豊かになっていたかも”と思うものをちりばめています。」

 

実際、開業当初から、情報をいち早くキャッチした京都、兵庫、愛知など遠方からの方も目立つそうで、「近隣よりも遠いところに情報が行き渡っていることがとても驚きでした」とのこと。「週末や連休を中心に県外からの親子連れのお客さまが多く見られ、地元の方は、平日やお天気の崩れた日にもお越しくださっていてとてもありがたく思っています。湖のスコーレを目的にお越しくださる方々の姿が目の前で見られて嬉しいです」と、高本さんは目を輝かせていました。

 

開業に際して様々なクリエイターや生産者の方々にご協力をいただき、その方々がご友人、ご家族を連れて遊びに来てくださったりと来場者の輪が広がっていて、湖のスコーレがひとつの人の集まる場所になっています。人が集まり、情報交換や雑談が交わされ、その中から新しい企画や商品案が生まれることもあります。待ち合わせ場所・合流地点としても、立ち止まり小休止する宿り木のような場所としても活用いただけている様子を見て、当初から思い描いていた以上の役割を担えているようで嬉しい発見でした。

 

「ただショップがあって販売をしていく場所なのではなくて、『作り手が売り手でもある状態』、これが最も学びが深く、皆さんに伝えられることがあると考えています。様々な課題はありますが、施設内に製造室・醸造室があり、スタッフが製造にも関わることで成り立つことです。」多くのお客さんが足を運んでいるという事実は、こだわりやコンセプトが着実に伝わってきている証左だといえるでしょう。滋賀のものの良さがちゃんと伝わったうえでお客さんのもとに届くというのは、私たち滋賀県民としてとてもありがたいことです。

 

異例となった、パッチワークのような街づくり

ここまででも分かるとおり、湖のスコーレは明確なコンセプトを基に作り込まれた施設だといえます。

プロジェクトの発端は、長浜市の市街地再開発事業でした。湖のスコーレのある場所は、かつて『黒壁運動』と呼ばれる街づくり運動で観光地として発展してきた長浜の中心市街地でしたが、商売をされる方の高齢化などもありシャッターが下りたままの店舗も増えていきました。

 

では、この場所で何をやっていくのか。

「環境としてはのどかでいいところでありますが、『若者が移住したくなるような魅力がこの土地にあるのか』『魅力的な暮らしが実現できる街であるのか』と考えたとき、確信をもってそうだとは言い切れないと感じました。今や黒壁スクエアだけでお客さんを連れてこられる時代ではなくなったと捉えたときに出てきたのは、この場所に作るべきは、単なる商業開発としてのショッピングができる場所ではなく、“商業文化開発”として、文化を育み文化に魅力を感じて頂けるような施設なのではないか、という結論でした。」

 

湖のスコーレのプロデュースには、奈良市にある「くるみの木」を主宰する空間コーディネーターの石村由起子さん。ロングライフデザインをテーマとする「D&DEPARTMENT」のディレクターであり滋賀出身でもある相馬夕輝さんに声をかけ、ふたりのプロデューサーを迎えることで徐々に湖のスコーレが形づくられてきたのでした。

 

ちなみにこの場所の再開発事業は、異例の方法で進んだといいます。「当初は一斉オープンを目指していたのですが、結果的には区画内の様々な店舗が段階的に開業していきました」と高本さん。全国でも珍しい“パッチワークのような街づくり”となり、その最後の目玉としてオープンすることになったのが、敷地面積400坪を持つ湖のスコーレでした。

 

湖のスコーレだからこそできるチャレンジ

オープンから約半年。実際に施設運営をやってみて、難しいと分かってきたことはたくさんあるといいます。

最たる例が働き方。スタッフは生産をしながら店舗にも立ち、マルチタスクでの運営を行っていますが、一度作り始めると、生きた菌を相手にしているためにその過程は止められません。「お店が休みの日にも製造の作業はあり、予定通りの製造とならないこともあるなど、シフトの調整がパズルのようになることもあります」と高本さん。この課題にまっすぐ向き合っていくことが、お客さんにものの良さを伝えていくという、湖のスコーレの特徴につながっていくのです。

「生産と運営、この両立は簡単なことではありませんが、今もスタッフみんなで知恵を出し合い働き方のマッチにチャレンジしています。」

 

このような製造機能を持つ商業施設は珍しいといいます。それだけに今後の企画にも期待感が膨らみます。

高本さんは「人の繋がりが新たな繋がりを呼ぶような、みんなが先生になりつつ自分自身も学びを得られる“学びの循環”のある企画を考えている」といいます。すでに実現した事例では、古株さんの「自分の牧場ではできないチーズを作りたい」という想いを受け、ハッピー太郎さんの白味噌をまとわせた“味噌のチーズ”ができあがりました。持っているものを掛け合わせたからこそできるものであり、コラボレーションならではの商品だといえます。他にも現在進行形でいくつも試みが進んでいるということですので、新しい情報を楽しみにしていたいと思います。

 

また、体験教室の企画も3月以降に順次スタートしています。講師がひとりのものもあれば、複数の講師のかかわりで生み出す形式の講座もあるとのこと。「講師が誰かを紹介することでどんどんと循環していくような講座を考えている」のだそうです。そう聞くだけでも、おもしろい化学反応が多く生まれそうな気がしてきますね。

 

学びのきっかけをちりばめる学校

湖のスコーレの在り方について、高本さんは「何かが生み出され続ける場所でありたいと考えています。それも決まった人だけが生み出すのではなく、さまざまな人がチャレンジできる場所。行動を起こしたい人が何かをできる場所として、持続的に育っていってほしい」と想いを語ってくれました。育っていくのは人も同じという考えだといい、「学校ですから、やりたいことが見つかったら“卒業”して、次のステップに進んでもらえたら」とも。

 

「ここで表現したい学校は、先生から生徒への一方向の学びではなく、先生と生徒それぞれが何かを受け取り合ってそれぞれの考えが進んでいくような関係性です。“こう感じてほしい”など、正解を求めることもありません。誰かの心に留まったなんとなくに、ふらっと足を向けてもらえる。なにか気づきがあるような、きっかけをたくさんちりばめた発信をしていきたいですね。」

 

あくまでここは「学校」なのだと感じました。モノを買って楽しむだけでもなければ、そこに長く留まることを求めるでもない。ささいなきっかけがより深い学びの世界へと誘ってくれる。それぞれの価値観に沿った発展的な学びの場として、「湖のスコーレ」はこれからも、誰かの人生を豊かにする存在であり続けます。

 

Information

湖のスコーレ

滋賀県長浜市元浜町13-29(Google Map
営業時間:11時~18時(喫茶室は11時~17時)
店休日:毎週火曜
TEL:0749-53-3401
FAX:0749-53-3402
MAIL:info@umi-no-schole.jp

ホームページ / Instagram / Facebook

※上記は2022年6月1日現在の情報となります。

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