#52 【前編】琵琶湖の離島・沖島。
日本唯一の“淡水湖に浮かぶ有人島”で、ゆっくり過ごしてみよう
海なし県なのに、離島。しかも人が住んでいる。皆さんはそんな島をご存知でしょうか。
滋賀県の6分の1を占める日本最大の湖、琵琶湖。この湖に浮かぶのが、日本でただ一つの“淡水湖に浮かぶ有人島”である沖島(おきしま。または沖ノ島[おきのしま])です。
現在でこそ近江八幡市に属しますが、古来より独特の島文化がはぐくまれて来たこの地。それを知るため、今回は、沖島漁業協同組合に所属する川瀬明日望(かわせ・あすみ)さんに沖島をぐるっと案内していただきました。
まずは、船に乗って沖島へと向かうところからスタートです!
ご挨拶代わりの沖島カルチャー
離島というだけあって、この島には対岸からの橋は架かっていません。沖島に行くためには必ず船に乗る必要があるのです。対岸の港、近江八幡市の堀切新港から「沖島通船」に乗って出発。通船は一日に10~12本、1,2時間おきに運航しています。
所要時間は約10分。沖合約1.5 kmの距離なのでそう時間はかかりません。みるみるうちに、沖島、漁師町らしい漁港が近づいてきました。
「遠いところ、わざわざ~。」
桟橋のたもとで待ち受けていてくださった川瀬さん。地域おこし協力隊で着任して以来、精力的に沖島の魅力や情報発信を行っています。協力隊任期満了後は島の漁業組合に所属し、さらに密なかかわりを地域の人々と続けています。
では早速、島を巡って…。川瀬さんはおもむろに、私たちに鍵を差し出してきます。
「皆さん分の三輪車を用意していますので、今日はこれに乗って移動してもらいますね。島には自動車が1台もなくて、多くの人が三輪車を移動手段にしているんですよ」
なんと!小さな島とはいえ、まさか三輪自転車で移動するとは思ってもみませんでした。
そういうわけでいざ乗ってみると、けっこう楽しい。そして、たしかな便利さにも気づくのです。道幅の広くない島内を自由に行き来でき、大きめのカゴで、ある程度の荷物も運べます。3輪で安定感もあるので、ご高齢の方でも安心して乗れるわけですね。
こんなにも三輪自転車が活躍している土地、他にはないんではないでしょうか。到着していきなりの沖島ならではの文化。この先がとても楽しみな気持ちになりました。
なお、この三輪車『レンタサイクル ガンガン』は漁港の「湖島婦貴の会」が貸し出し窓口になります。島に来た方はぜひ一度乗ってみてください!
離島好き。滋賀に住みたい。→沖島がピッタリ!
ここで少し、川瀬さんのパーソナルな部分に迫ります。出身は滋賀県日野町。島の出身者ではない川瀬さんは、なぜ沖島に来ることになったのでしょうか。
「地域おこし協力隊は10代のころに知りました。テレビドラマでちょうどやっていたこともあって、いつかはやりたいなぁと考えるようになったんです」
離島が好きで水辺の暮らしへの憧れがあったという川瀬さんは、大学生時代、実際にそのおもしろさを体感することとなります。
「インターンシップで奄美群島の沖永良部島の観光協会に行ったんです。『離島に行こう』みたいな募集をしていて、行ってみたらすごい良くて。そこで気づいたのが、各々が自分の会社のためにというよりも、島全体が会社そのもののようにみんなが島のために働く、みたいな感じなんですね。その島全体を成長させるために仕事をがんばっているというのがおもしろいなと思ったんですよ」
想いをさらに強くしたインターンシップ。まずは社会人経験を積みたいと20代後半まで京都でキャリアを重ね、いよいよ探し始めたときに見つかったのが、ここ、沖島での地域おこし協力隊だったそう。
「沖永良部島に行くのもアリだったんですけど、そのころ滋賀に愛着がわいてきてて(笑) 子どもの頃はあんまりなかったのに、大人になってからなんですよね。滋賀にも帰りたいしどうしようかなと思っていたら、ここが全ての条件を満たしました。地域おこし協力隊もやりたかったし離島にも住んでみたかったし、ちょうどスポッと、はまったんで(笑)」
実際に沖島に来た川瀬さん。特に食の部分で、出身地である山間部の日野町とは、同じ滋賀県であっても文化がまるで異なることを知ります。
「全部が違いましたよね。おすそ分けで魚をもらうことなんてないですもん(笑) 『じょき』のように鮒を生で食べられることも初めて知りましたし、鮒ずしもずっと食わず嫌いでした。ここにいると、お礼とかで鮒ずしをくれはるんですよ。いろんなおうちの鮒ずしを食べてきて、今では自分でも作れるようになりました。鮒ずし作れるってなんかいいですよね、誇れるっていうか。それを同世代ぐらいの知り合いにあげるんですけど、『食べたかったことなかったけど、美味しい』って言ってくれます」
協力隊で主に取り組んだのは琵琶湖の魚のPRでした。
「もとはメキシコ料理店で働いていたんで、作るのは得意。しかも琵琶湖の魚を全然食べたことがなかったので、どんな料理に使うといった固定観念がありませんでした。別に何の料理にしてもいいんじゃない?と思って、タコスを作ってみました(笑) 琵琶湖の魚を食べたことのないような同世代の人たちの取っ掛かりになればいいな、と思って」
「それに、食べているとやっぱりどういうふうに魚が獲れるのか、どんな人が獲っているのかも気になると思うので。漁船に乗せてもらっては映像や写真を撮って、SNSでPRしていましたね」
現在は漁業組合の一員となった川瀬さん。協力隊の頃から培ってきた島の人々との関係性に、組合を通じた水産関係の繋がりが加わり、仕事の幅も広がったといいます。琵琶湖の魚の魅力、そして沖島の魅力を発信する“キーパーソン”として活躍中です!
エビの旨みに、サクサク食感が際立つチャーハン(さなみ庵)
こうして沖島にすっかりなじんだ川瀬さんに、さっそく島内を案内していただきましょう!
家屋の並びにも風情がある沖島。平地が少ない島では、港周辺や岸に近いごくわずかの土地に家がひしめき合って建っています。特に山裾に近い路地の風景は、ついカメラを構えたくなってしまうほど。
まず伺った喫茶店「さなみ庵」は、その小路沿いにあるお店。以前は島の外へお勤めに出ていた島生まれの店主・富田さな美さんが、一念発起して2022年にオープンしました。
おりしも、コロナの真っ只中。沖島の観光客もまばらだった時期です。「こんなにも多くの人が来るなんて夢にも思っていなかった」という開業当初は、デリバリーや仕出しのお店だったといいます。
「若いころには『沖島でカフェやったらおもしろいん違うの?』とか思ったりしたことはあったんですけど、働いた経験も、勉強してきたこともないし…と。当時はカフェをする考えも、イートインすらもなくって。そしたらどんどんとコロナが落ち着いてきて観光の方が歩かれるようになったので、店の一角を改装し、新たにカフェを始めることにしました」
現在も提供するテイクアウトのお弁当は、沖島散策のおともにはうってつけ!
一方、おしゃれな店内でいただくカフェメニューは、ピザやパスタを中心にラインナップ。なかでもイチオシは、沖島で獲れるスジエビを贅沢に使った「スジエビチャーハン」です。
ひと口食べた感想は、“めちゃくちゃエビ!”です。噛むほどに、香ばしい風味と旨みが口いっぱいに広がります。
ポイントのひとつは新鮮なスジエビが手に入ること。親類の方が水産に携わっているという島ならではの強みも、美味しさの秘訣です。
「真冬に獲れるスジエビを生のまま冷凍し、使うときに溶かしてきれいに洗って、しっかりめに塩ゆでします。塩っ気があるので、夏場は汗をかいたときの塩分補給にもなるかなと思います」
高温調理されたスジエビは口の中に刺さることもなく、香ばしさとサクサクな食感をめいっぱい楽しむことができます。
「ちなみに、スジエビのアリオリパスタっていうのもあって。これは女性に人気で、よくご注文頂いていますよ」
今後の展開については「とりあえず現状維持」と笑う富田さんですが、いろいろな発想・アイデアは持っていらっしゃるようです。
「ホームパーティーの演出をやってみたら?という話もあったので、そういうのもおもしろいなぁと。もともとフラワーデザインをやっていたということもあって、そういうトータル的な、テーブルコーディネートみたいなことができたらいいなと思っています」
「これからも、食を通じたいろんなご縁、いろんな方とのタイアップなどで切磋琢磨しながらがんばっていけたらな、と。人との繋がりが生まれたり、刺激も受けますし、また違う発想でもっとおもしろいことやってみたい!ってなりますよね」
島の歴史を知るなら、資料館へ!
独自の文化をはぐくんできた沖島。人々の暮らしを支えてきたのはやはり漁業です。
それを教えてくれるのが、港から歩いて10分ほどのところにある「おきしま資料館」。台風被害の影響で2019年に惜しまれつつ閉館していましたが、佃煮工場跡を再利用し、現在の場所で2023年に再開館しました。
自治会が運営するこの資料館では、漁具や昔の写真の展示から、また古い映像からも沖島の歴史を知ることができます。
人口減少や自然環境の変化によって、今では昔ながらの生活を続けることが難しくなりつつあるといいますが、資料館は島の歴史を大切に守り伝えています。漁師の生業のみならず、島民が慣れ親しんだ日々の暮らし、そして沖島に流れる空気感をも感じられる施設となっています。
せっかく沖島を訪れるのなら資料館に寄ってみましょう!歴史や伝統に想いを馳せながら散策してみると、また新しい沖島の発見があるはずです。
新たな協力隊員がつくる、民泊コミュニティ(民泊 湖心)
そしてわたしたちは、「民泊 湖心(ここ)」へ。
現在、この宿泊施設の管理人を務めているのは地域おこし協力隊員。沖島では3人目の協力隊・橋本花菜子さんです。ちなみに島を案内してくれた川瀬さんが2人目。橋本さんは、川瀬さんとちょうど入れ替わりの形で2023年5月に着任されました。
「掃除は徹底していますが、一軒家を綺麗に保つことがいかに大変かということを実感しました(笑)」
元あった民家をそのまま活かした造りの「湖心」。2階に3室、エアコン・セキュリティボックスが備えられた客室があり、貸切も可能。共用のトイレ・浴室のほか、調理器具・食器・調味料が自由に使えるキッチンもあります。
宿泊者同士の交流の場ともなる1階リビングには、橋本さんセレクトの本や雑貨、小物などが置かれています。インテリア雑貨メーカーに勤めていたこともあってか、落ち着いてくつろげる雰囲気にマッチした、気の利いたアイテムが揃います。
「みんなおばあちゃんちみたいって言ってくれはるんで。可愛い趣味のものが置いてあるようなイメージで小物を置いてみたりしています」
「いずれは自分の店をやりたいと思っていたときに、地域おこし協力隊を見つけて。自治体によって違うミッションのなかで、唯一の“海なし県の離島”で民泊の管理人をできるってめっちゃ面白そう!って。東京にいたころ、川瀬さんが書いた宣伝記事を見て、池袋であった全国の離島が集まるイベントに行ったんです。それから連絡先を交換して、その半月後くらいには川瀬さんに沖島を案内してもらっていました」
仕事内容に惹かれて協力隊になったという橋本さん。沖島への興味をより強固にしたのは川瀬さんの存在だったようです。
「まず川瀬さんがすごいことをやってはったんで(笑)、私にこんなことが務まるのかとも思ったんですけど、でも、とにかく楽しそうでした。島になじんでいて、島の人もすごく優しかったです。初めて来たときも『魚をいっぱいもらったから選り分けを手伝ってほしい』って来て早々に言われて、川瀬さんちでいきなりやらされて(笑) 『隣の人にキャベツもらわなあかんから、ちょっと寄ってから』とか、私にとっては新鮮すぎて、めっちゃ楽しそうと思いましたね」
「今ではみんな、はなちゃんはなちゃんって呼んでくれるし、すっごい楽しく生活しています」
「観光でお越しの方も多いです。とにかくゆっくりしたいという方や、女性のひとり旅の方とか。本を置いたり、ラジオを置いたり、ここでくつろいでくださいというふうにSNSでも発信しています。夏になれば家族連れの方も多いですね」
自身の最終的な夢を「みんなが集まれるコミュニティスペース兼、雑貨屋さんとか本屋さんみたいなお店をやること」と語る橋本さん。沖島住民と島を訪れる人とが触れ合う接点が、まさにここ、「民泊 湖心」なのかもしれません。
「協力隊の3年間が終わって、私が可能だったらここを引き継いでやっていきたいと考えています」
橋本さんはいつでも笑顔で迎えてくれることでしょう。
沖島を楽しむヒント
前編の最後に、今回の訪問で特に印象的だったお話を紹介します。さなみ庵の富田さんの言葉にこそ、沖島という場所を楽しむ1つのヒントがあるように感じました。
「ぶっちゃけなんにもないと思うんです(笑) だからこそ四季折々、来られた方独自の好きな時間を過ごす場所であったらいいのになって。絵を描くもよし、本を1冊持って来て好きなところで読むもよし、なにもしないもよし。なにもないことを逆手にとって、“自分の好きな時間をどう自分で作るか”っていう。好きな時間を過ごすうちに楽しみを見つけていく場所やったら素敵やなって思います。手つかずなんで、やり方はいろいろあるかなって」
そして富田さん、島へ行き来する船についてはこんなことも。
「街に出かけて帰ってくるときによく思うのが、船に乗っているあの10分間で、なんかこう自分の中の思考がカチッと、回路が切り替わるような瞬間があるなと思ったり。沖島って、そういうところなんですかね」
ありのままの沖島に触れて、文化的なことも食事も、その人なりの楽しみ方を見つけて帰る。日常をリセットして、いつもと違う空気感で好きなことをして過ごす。そんな、“沖島訪問のススメ”だったように思います。
(つづく)
◆◆後編記事はこちらから◆◆
Information
さなみ庵
おきしま資料館
滋賀県近江八幡市沖島町346-18(Google Map)
営業時間:10:30〜15:30
営業日:4月〜11月の土日祝日(4月〜11月の平日・12月〜3月の全日は予約制で開館)
TEL:090-2424-6963
※上記は2025年1月1日現在の情報となります。
民泊 湖心
滋賀県近江八幡市沖島町250-1(Google Map)
チェックイン:14:30~21:30
チェックアウト:10:00
TEL:050-8887-5376
MAIL : koko.okishima@gmail.com
※上記は2025年1月1日現在の情報となります。