#15 この土地が生み出すチーズ「つやこフロマージュ」
続いていく酪農を目指して
「竜王町に、泣く子も黙る美味いチーズがある」
さわやかな酸味とクリーミーな口当たりがたまらない「つやこフロマージュ」は、2014年に国産チーズの大会で金賞を受賞し、JALのファーストクラスでも提供されている話題のチーズです。
チーズ職人の古株つや子さんは、50年以上続く酪農家「古株牧場」の次女。彼女の生い立ちやチーズ作りへのこだわり、酪農への想いなどについて伺いました。
※本文章は、取材を行った2022年5月時点のものです
角がない丸みのある味。それは竜王だから生まれる味
琵琶湖の南側に位置する滋賀県竜王町は、山と川に囲まれた、肥沃な土壌が広がる土地。
昭和28年、古株つや子さんの祖父の代から続いている古株牧場は、現在3代目。長男が代表取締役として経営全般を、長女はパティシエの技術を生かしたジェラートの製造を、そしてつや子さんはチーズ製造を担っています。
国産チーズの大会「JAPAN CHEESE AWARD」で、2014年に金賞を受賞した「つやこフロマージュ」は、角がなく丸い味わいのチーズ。チーズを食べ慣れない方でも食べやすいと定評があります。熟成が進むにつれ味わいが濃厚になるとつや子さんは話します。
「丸みのある味は、土地ならではの特性です。近所にある酒造の杜氏さんに伺ったところ、この地域はまろやかな水が流れているそうです。確かに、その酒造の日本酒も柔らかく癖のない味。いい意味でどんな料理にも合う柔軟な風味なんですよね。」
先代から受け継ぐ豊かな土地が生み出す味わいが、竜王ならではのチーズを生み出しています。
古株牧場では、近隣で農業も行っており、その稲藁は牛の餌に使われているといいます。チーズの素材となるのは、全てこの土地で育ったもの。
「地産地消という言葉がありますが、発酵や熟成にはその土地の素材で作ることが重要なのかもしれません。」
もともと酪農家になるつもりはなかったというつや子さんが、チーズ作りに至るまでには、どんな経緯があったのでしょうか?物語は幼少期まで遡ります。
母の「ちょっと手伝ってくれへん?」が、きっかけでした
「幼少期から、酪農で両親の働く姿をみてきました。『酪農は大変だし、儲からないよ』というのが、父親の口癖。牛を育て、搾乳をする。両親は牛につきっきりで、休日に家族で出かけたり遊びに行った思い出もあまりありません。幼少期の頃、両親は苦労しているなという印象でした。」
一生懸命搾乳したミルクも、政府による生産調整があり、余剰分は破棄しなければならないこともあったそうです。「せっかく苦労して搾乳しても、どんなにいいミルクでも、捨てなければいけない時期がある。破棄されゆくミルクを見て、やるせなさを感じていたので、継ぐつもりは元々ありませんでした。」
つや子さんは、学校を出た後、美容業界へ。美容師として忙しい日々を過ごしていました。そんな中、古株農場の経営を続けていくために、お母様からミルクを使って加工品を作りたいという発案があったそうです。
「今から20年ほど前でしょうか。ソフトクリームの製造販売をスタートしました。古株牧場初のミルク以外の製品です。当時は実店舗がなく、道の駅や第三セクターなどで販売していましたが、次第に、『美味しい』という口コミが増えてきたんです。」
ご両親が酪農と向き合う姿を見続けながら、美容師の仕事を続けていました。当時美容師歴5年目を迎え、今後スタイリストとして独立するのか、現状の美容業界でスキルを磨いていくのかとつや子さん自身も悩む時期。家族にも仕事の相談をすることが増える中、お母様の口から出た言葉が、「うちの仕事、ちょっと手伝ってくれへん?」でした。
「一次産業から六次産業までを一貫して行う仕事。会話の先に未来を感じ、やりたいなと直感で感じました。」
単独でフランスへ飛び込み修行。「つやこフロマージュ」ができるまで
古株牧場の代表的なチーズとなる「つやこフロマージュ」が誕生したのは、2012年。
「何よりも、私がチーズ好きだったんです(笑)。作り方のノウハウもわからない、全くの未経験からのスタートでした。」
さまざまな研修で学ぶ日々。チーズの本場であるフランスの酪農家をめぐるツアーに参加したことも。フランス語もままならない中、多量のメモ書きで必死に学んだといいます。複数の農家をめぐる中、酸凝固チーズを作る農家に出会ったそうです。元となるチーズの種類は一種類のみ。しかし熟成具合に変化をつけることで、同じものとは思えないくらいのバリエーションを生み出していました。
「シンプルなのに味わい深いそのチーズは、大きなヒントになりました。例えばゴーダチーズなどは、低温低湿で4ヶ月ほど乳酸を発酵させる必要があり、完成するまでに時間がかかってしまいます。しかし、酸で固める酸凝固チーズは、約2週間という比較的短期間で仕上げることができるため、製造期間や販売量を加味すると、今の古株牧場に適している。しかも美味しい!これでいこうと思いました。」
しかし次はミルクの壁にぶつかります。北海道の酪農家で学んだ手法で同じように作っても、仕上がらないのです。
それは、研修先のミルクと古株牧場のミルクとの成分が違うから。さまざまな手法を試行錯誤する日々が続きました。
「作っては失敗し捨て、また失敗して捨て、が重なる度に辛くなりました。破棄するミルクをなくしたいと始まった製品作りなのに、結局同じことをしている現実に、自分を責めることもありました。」
チーズ作りの知識が足りないまま進んでいるかもしれない、と感じたつや子さんは、再度フランスに旅立ちます。「絶対ものにしてやろうという気持ちで挑みました。」
現地でさまざまな作り方を試しながら、疑問点を解消しながら、大切なことを学んだそうです。
「ある農家さんに『ph値ばかりを追いかけていては、いいものは作れない。数字だけではなく、ミルクを見る目を養いなさい』と言われたことがありました。幼少期からずっと古株牧場のミルクを飲んできてわかっていたはずなのに、そのことを忘れていました。安定して製造しなければいけないという思いに囚われ、数字ばかりを追いかけていた自分に気づき、はっと初心に戻ることができました。」
帰国してまずしたことは、搾乳でした。「牛舎に入って、改めて牛のことをもっと見て、もう一度知りたかったんです。」
数字と感覚が融合する瞬間。次第に身についてきた技術も重なり、こうして、「つやこフロマージュ」が完成していきます。
食育と循環。酪農の仕事を広めたい
一度別の仕事を経験し、家業を客観的に見る機会があったことで、酪農の魅力に改めて気づけたというつや子さん。
「美容業界での経験を経たことで、ブランディングやデザインの力の重要性に気づいていました。やみくもに作るだけでは売れない。どう見られたらいいか、人に注目してもらうにはどう発信すればよいのかという視点を、今でも製品作りや店舗作りに取り入れています。」
直営店「湖華舞 本店」は、牛舎の向かいにあった倉庫を改装して誕生。店を出ると牛舎にいる牛の声や姿も感じられます。これにも大きな理由があります。
「もともと、酪農はいい部分しか写されていないと感じていました。古株牧場の製品は、この場所で、この牛舎にいる牛のミルクから作られています。自分たちが世話をして、丁寧に絞っているからこそ、うちの製品は美味しいんだということを、目に見える形で伝えたいと考えました。幼少期は牛の匂いが嫌だと思っていた自分ですが、今ではそれが逆に、製品の価値につながっていると感じています。」
「湖華舞 本店」では、チーズ・バター作りやピザ窯を使ったピザ作り体験なども楽しめます。親子で参加できる体験ワークショップは、食を通した教育(食育)の場としても位置づけています。
「チーズは、牛の胃袋にある酵素がないと固まらないんです。牛乳=命ではピンと来ないと思いますが、牛が見える環境で香りを感じながらチーズを作ることで、チーズは命からできているということを、身をもって理解できます。それは子どもだけではなく、親御さんにとっても大切なことだと思うのです。」
チーズ職人として、酪農の楽しさを知ったつや子さんは、未来の酪農家やチーズ職人を育てていきたいとも考えています。また近年、持続可能な農業を成り立たせる取り組みである、循環型農業にも意識を持っています。
「人間も循環することで生きています。酪農でも同じことがいえます。酪農で出る廃棄物を循環利用することは循環型農業を生み出すために必要なこと。例えば、ホエイ。これはチーズを生産する時に出るもので、産業廃棄物扱いになってしまうものですが、実はとても栄養価の高いものです。これを破棄すること自体も勿体ないこと。ホエイの活用方法や商品開発に今後取り組んでいきたいと考えています。」
食べ手に対する「食育」、生産者が酪農を継続的に続けられるための環境「循環型農業」、そしてチーズ作りの生産者を「育てる場」。これらの活動は全て、酪農家を絶やさないため。
「やりたいことは尽きません」と笑うつや子さん。皆に親しまれる美味しいチーズの裏側には、酪農に真摯に向き合い、未来を見据える酪農家の眼差しがありました。
Information
湖華舞 / 古株牧場
滋賀県蒲生郡竜王町小口不動前1183-1(Google Map)
店休日:毎週水曜
営業時間:
<夏期> 10:30~18:00(8月は10:00~18:00無休)
<冬期> 10:30~17:00
TEL:0748-58-2040
MAIL:info@kokabu.co.jp
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※上記は2022年9月1日現在の情報となります。