#43 この地で飲める美味しさ!
地域と自然に調和する「彦根麦酒」に、癒やしを求めて…
荒神山(こうじんやま)の麓、曽根沼(そねぬま)のほとり。田園地帯のわきにぽつんと見える木造建築が、今回訪れた「彦根麦酒(ヒコネビール) 荒神山醸造所」です。自然環境と調和した持続可能なプロジェクトとして、地元集落・大学・一般企業が手を携えた循環型ブルワリーは産声をあげました。この場所だから味わえるクラフトビールを、1杯いただいてみましょう!
「大袈裟ですけど、あぁ生きててよかったなと」
荒神山醸造所のオープンは2021年5月のこと。
今回お話しをしてくださった彦根出身の豊村さんは、開業当時からのスタッフではないものの、彦根麦酒への想いがひときわ強い方といっても過言ではないでしょう。
「大学時代までずっと彦根に住んでいたんですが、社会人になってからは京都や大阪にいました。ちょこちょこ週末には日帰りで戻ってくることもあったなか、いよいよ地元に彦根麦酒ができたとの噂を聞きまして『これは行ってみな!』と。当初はお客さんとしてここに来ていました。おしゃれな感じの建物にまずびっくりもしましたが、なによりここで飲んだビールは本当に美味しかったですね」
クラフトビール好きの豊村さんが最初にチョイスしたのはペールエールだったそう。やはり定番から飲むのが良いかな、とのこと。なるほど、勉強になります!
「癒やされました。大袈裟ですけど、あぁ生きててよかったなと思ったのをよく覚えています。彦根でもこんなビールができるんだ、すごい!と思って地元熱が再燃しまして。気づいたら、『求人はありますか?』と問い合わせしていましたね。その味が忘れられなかったです(笑)」
豊村さんをとりこにした彦根麦酒。まずは1杯、入れていただきました。
選んだのは、もちろんペールエール。目の前で注がれるビールに心が躍ります。
「タップで用意しているビールは常時7種類ほど。オーダーをしていただいたらその場で注いで提供しています」
駆け巡る、豊かで華やかな香り。苦みはほどよく、すっきりとした味わいのビール。気づけば「うまいっ!」と口をついていました。なによりこの景色のなかでいただけるというのが最高で、確かにこれは癒やされます!美味しくってニヤけてしまったこの顔が、それを物語っていますよね。
そして、種類の違いを楽しむこともクラフトビールの醍醐味のひとつ。ここでは飲み比べセットの提供も行っています。苦みや甘みなどの味わいはもちろん、香りの違い、色の違いを少量ずつのビールで感じられる大変お得で手軽な楽しみ方です。
店内のカウンターにずらりと並ぶ、定番から期間限定までさまざまなビール。味わいもさることながら、その可愛らしくカラフルなラベルデザインも目を引きます。
「たまたまなんですが、今、従業員は女性だけです。力仕事もあるので男性にも来てほしいんですけど、ちょうどいないんですよね(笑) 女性受けなどはまったく意識していなかったのですが、デザイン担当も女性なので、結果的に可愛らしい感じになっているのかなと思います」
先にご紹介した「ペールエール」のほか、苦味とクセを抑え飲みやすいアイリッシュスタイルの「レッドエール」、華やかな香りに麦芽の風味が広がる、キリッと苦味ある「AOZORA IPA」など、定番銘柄は5種をラインナップ。
コーヒーやチョコ様のロースト香の「ポーター」は、2022年のジャパン・グレートビア・アワーズでブラウン・ポーター部門の金賞を受賞。同年に開かれた、インターナショナル・ビアカップの同部門でも銅賞に輝いたという栄誉ある1本です。
また、土地の名を冠した「石寺ヴァイツェン」には、地元石寺産の小麦を使用しています。華やかな香りのなかに小麦のまろやかさがある、優しい味わいのビールです。
これら定番銘柄には限定ラベルのものも存在しています。時期やコラボレーションなどで随時リリースされており、遊び心いっぱい、見た目にも楽しいポイントです!
彦根麦酒の楽しみ方
豊富なラインナップが揃った彦根麦酒。ここに来るお客さんはいったいどんな過ごし方をされているのでしょうか?
「出せるビールを全種類飲む方もいらっしゃいますし、長い方は2時間くらい滞在されます。私たちはレストラン機能を持っていないので、食事の提供ができない代わりに食べ物は自由に持ち込んでもらっています。好きな弁当やおつまみ、ピザを持ってきた方なんかもいましたね(笑) 全然大歓迎です!」
オンラインショップでもビールは手に入りますが、やっぱりできることならぜひこの場所に来て飲んでほしいと豊村さん。自然に囲まれた開放感のある立地。見てのとおりの青空と緑を前にして、パラソルの下でビールを楽しめる。とにかく気持ちの良い、他にはないロケーションです。
「暑すぎると大変かもしれませんが、夏に汗かきながら飲むビールはおいしいですよ(笑) 気候的に良いのはだいたい5月から10月くらい、天気の良い日の昼下がりとか。それと夕方ですね。夕日が沈んでいく様子が見られるのでオススメです」(※)
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※営業時間は平日11-17時、土日祝11-18時。冬季は時間・休業日が変わりますので、Infomationから公式ホームページにてご確認ください。
このブルワリーができるまで、実は彦根市内に酒造メーカーはありませんでした。開業当時は、この地域にはまだクラフトビールが浸透していないという感覚だったといいます。
「地元の方からは『なんでこんな高いの?』とか『大手さんのビールと何が違うの?』『クラフトビールってなんや?』という声も多かったんです。そういう地域で始めた以上、みんなで作っていって地元の方に愛されるものでありたいと。なるべく手に取ってもらいやすいよう飲みやすいビールからつくり始めました」
今では定番スタイルが定着。種類もまんべんなく、黒っぽいものや苦みの強いもの、苦みを抑えたものなど、バランスの取れた5種が揃いました。
「ちょっとずつ地元の方にも浸透していって、『こないだの、どれやったっけ?』『じゃあ次はこれにしてみよか!』というようなコミュニケーションも生まれています。親しみやすいラインナップになっていると思います」
一方で、期間限定スタイルの提案も積極的に。開業から約2年のあいだで30種以上もビールをつくってきたのだそう。
「ときどきクラフトビール好きの方から『こういうのを飲みたいんだけど』という声があります。できるだけお客さんの希望は聞くようにしていて、夏にはガツンと苦いIPAだったり、逆に黒くて甘めのものだったり、限定スタイルの個性的なビールも加えています」
毎回違うものを楽しめるようにと、定番と限定を合わせて10種類ほどが店頭に並びます。
「わたし自身、いろいろな味わいでワクワクできるのがクラフトビールの楽しさだと思っています。定番のものから少しずつ、個性的で変わったものへのチャレンジを広げています」
環境配慮のプロジェクト
「ビールをつくるために場所を選んだわけではないということが、他のブルワリーさんと色が異なるところかと思います」
彦根麦酒が誕生した背景には、自然環境との調和、そして地域の活性化が掲げられています。このあたりの土地は曽根沼の一部を干拓した場所で、その多くは水田などに活用されています。しかし荒神山醸造所が建つこの場所は、いろんな案が出ては立ち消えになるということを繰り返していたのだそうです。
20年以上利活用に困っていたなか、立ち上がったプロジェクトはクラフトビール醸造所でした。豊富な地元農作物の価値を高めることができ、観光資源的にも地域活性化が見込め、未来につなげられる。滋賀県立大学の教授のアイデアから、地元の賛同も得て環境的に循環可能なプロジェクトになりました。
ここでは原料の一部に地元の小麦を使うほか、醸造所自らで大麦の栽培を行い、その収穫の際には地域の有志の方にお手伝いをお願いしているそう。地元の方と一緒に作っていくことを常に意識しています。
そして特筆すべきはこの建物です。滋賀県立大学のチームが監修・設計をし、自然風を利用した空気循環が行われるような建築になっています。
「ここは、琵琶湖からの風が結構抜けるんです。その風で自然換気ができるようスリットや窓があったり、特徴的な2枚の屋根は空気が循環しやすい付け方だったりと多くの工夫がなされています。なるべくクーラーや暖房を使わなくても良いようにと、環境に配慮した建物なんです」
木を主体とし、外壁にはヨシを使用した建物は、この田園風景になじむようなデザイン。自然や周辺環境と調和し、地域の未来のために稼働する循環型ブルワリーなのです。
彦根産原料100%!「ALL HIKONE BEER」
地元の人々や学校とかかわりを密にする彦根麦酒には、ひとつの大きな目標があります。
「『ALL HIKONE BEER』というものを私たちは最大の目標に掲げます。なかなか難しいことなのですが、100%彦根産の原料でビールをつくるというものです」
クラフトビールの原料は輸入品で賄われることが多いなか、それらをすべて彦根産でやりたいというのは、まさに地域の活性化を見据える彦根麦酒らしい考え方。発酵させる酵母までも彦根産なのですが、それがけっこう大変なことなのだと豊村さんはいいます。
「酵母はパンにも使われるようにいっぱいあるのですが、“アルコールに適して、美味しいビールができるもの”というとなかなかない。人に言わせると、それを見つけることは『宝くじに当たるより難しい』というほどなんです。研究は長浜バイオ大学さんと一緒にさせてもらいまして、2021年にとある酵母の培養を始めました。ようやく使えそうだということで試すと、とても美味しく仕上がりました」
そのビールというのが2023年に発表した『志成(シセイ)』です。重要なカギとなった酵母「彦根麦酒酵母K-21」は、地元である河瀬中学・高校科学部の生徒さんが彦根城敷地内の植物から採取したもの。この場所で育てた麦芽にホップ、水はもちろん地元のものを使い、ついに実現したALL彦根、産学連携のクラフトビールでした。
(写真提供:株式会社彦根麦酒)
名称の『志成』は河瀬中学・高校の校訓から。酵母を採取した生徒さんにお願いをして付けてもらったそうです。
「星を見つけたらその人が名前をつけるみたいなのがあるじゃないですか。なので、ネーミングは本人にしてもらうのがいいなと思って。『志があれば何事も実現できる』との意味なんだそうです。すごくいい言葉ですし、本人も『自分たちの取り組みがモノになって』ということを表していると言っていましたので、大人だなーと思いました(笑)」
では、大きな目標はこれで達成できたのかと問えば、豊村さんは「いえ、まだです」ときっぱり。少量の実験的な“小仕込み”では実現したものの、安定供給に向けてはこれから。定番化も見据えているそうなので、彦根麦酒の新たな看板銘柄となるのか、今後に期待が膨らみます。
彦根まで、わざわざ足をのばす価値がある
地域に根差したブルワリーらしく、異業種の方々との交流も精力的に行います。
「日夏町のYeti Fazenda COFFEE™さんとは、コーヒー豆をペーストにして使ったコラボビールをつくりました。他に、彦根のお菓子を得意とする方と協業して、廃棄物として出る“麦芽かす”を使ったお菓子やパンの製造もしています。すごく栄養価が高くそのまま廃棄するのはもったいないということで、イベントでクッキーを作ったりという取り組みを行っています。ここにいるといろいろな人との出会いがあるので、面白いことができたらいいねと常々お話しているところです」
また、店内で提案するおつまみとして置いてあるのはGoing Nuts!さんのナッツ。オーナーさんが彦根麦酒のコンセプトに賛同してくれて常設が実現したのだそうです。ビールにナッツはベストマッチですね!
一度郷里を離れていた豊村さん。地元・彦根をどんな街だと感じているのでしょうか。
「離れたら離れるほどにいいところだと気づかされました。田舎らしい風景に癒やされるというのももちろんあるんですが、きみと珈琲さんだったりこういうブルワリーだったり、ちょっとずつ新しいお店もできていて立ち止まってないんだな、と。そういうのがすごく面白くて、田舎だけど進歩していて、新しいも田舎らしさも両方楽しめる街です」
彦根を代表するブルワリーとなった彦根麦酒。大阪や名古屋など、遠方から複数回訪れるお客さんも少なくないといいます。
ちなみに最寄り駅はJR琵琶湖線の河瀬駅。「ビールを飲むために駅から歩く“つわもの”も(笑)」と豊村さんが言うとおり、マップで見るとなんと5.8km!車だと運転手はビールを飲めませんので、どうしてもという方はわざわざ歩いてでも訪れるのだそうです。…すごい。
「日頃みなさん本当に頑張られていると思うので、ちょっとこう、贅沢な時間というか。ここにいると時間が止まった感じになるので、のんびり静かにいろんなビールを味わいながら、癒やされる時間、自分を褒めてあげる時間にしてもらえたら嬉しいです。彦根麦酒を飲んだらほっとできるというような、心のよりどころみたいな存在・空間にできたらいいなと思っています」
非日常の空間だから味わえる、循環型ブルワリー「彦根麦酒 荒神山醸造所」のクラフトビール。ちょっと癒やされに、頑張ったご褒美に。あえてこの自然の中にある意味を、わざわざ足をのばして訪れる価値を感じてみてください。
Information
彦根麦酒 荒神山醸造所
滋賀県彦根市石寺町1853(Google Map)
定休日:火曜・水曜
営業時間:(月木金)11:00〜17:00、(土日祝)11:00~18:00
TEL:0749-52-0076
※12〜2月の冬季は休業日・営業時間が変わります。詳しくはホームページよりご確認ください。
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※上記は2024年8月1日現在の情報となります。