#16 Uターン夫婦が始めた珈琲店「きみと珈琲」
コーヒーで紡ぐ地域の縁
車道に向かったガラス窓から太陽の光が降り注ぎ、コーヒーの香りが漂う開放的な空間。「あなたの、暮らしの、ええ塩梅」をコンセプトにした珈琲店が、彦根市にあります。
Uターンした小川隆仁さん・佑美さんご夫婦が営む「きみと珈琲」は、2021年2月にオープンしたばかり。月1で運営するマルシェは、人と人との縁をつなぐ場にもなっています。お店が生まれたきっかけや店内で育まれているコミュニケーションについて伺いました。
仕事が辛かった時、通っていた喫茶店の存在に救われたんです
琵琶湖の湖畔の東側をドライブしていると見つけられる「VOID A PART」。青と白の看板は、まるで琵琶湖の水面をイメージさせるような清々しさを感じさせます。
「VOID A PART」は、珈琲店とアトリエとラボが一つになった空間。「きみと珈琲」は、その珈琲店部分を担っています。前回までの運営者からバトンタッチする形で、2021年2月から小川さんご夫婦が「きみと珈琲」をスタートされました。
こだわりはスペシャルティコーヒー。琵琶湖をイメージしたという「びわ湖ロースタリーブレンド」は、雑味のないクリアな味わいで、かつ、飲んでホッとするような味わいを目指したという、隆仁さんこだわりのブレンドです。
焙煎は店内で行い、味わいやテイストの選別も隆仁さんが季節ごとにセレクト。常時、ブレンド2種とシングルオリジン4、5種類を揃え、浅煎りから深煎りまで、好みに合わせて選ぶことができます。
「いつか滋賀県で自分の店を持ちたいと思っていた。」と話す隆仁さんは、滋賀県高島市出身。起業のきっかけは、過去の体験に基づいているといいます。
「大学卒業後に就職したサービス業での仕事が自分に合わず、精神的に疲れ切っている時に島根県松江にある『イマジンコーヒー』に通っていたんです。人生の辛い時に、マスターと話して救われました。当時の自分より少し年上のお兄さんという感じ。彼の姿を見て、ゆくゆくは自分もそういう仕事がしたいなと考えるようになりました。」
将来カフェを運営するための経験を積むべく、東京にある焙煎と喫茶を併設したカフェに転職。約5年間務める中で、接客サービスからドリップまで、珈琲店経営にまつわる流れはひと通り経験できるようになったといいます。
隆仁さんが特に興味を持ったのが、焙煎。コーヒー豆のハンドピック、異物混入チェックなど細かな周辺作業から始まり、晴れて焙煎の担当になることができたそうです。
「最初は思った通りの味にならず、理想と現実の差に悩みました。先輩に教わった通りに焙煎しても、味が違う。巨大な焙煎機で焙煎した12キロの豆が、破棄になったこともありました。多くの失敗を経て、体で覚えていきましたね。」
奥様の佑美さんと出会ったのもその頃。新潟出身の佑美さんは、食べることやコーヒーが当時から好きだったそうです。「将来地元で珈琲店をやりたいという、夫の夢を聞いていたので、自分もなにかできることがしたいと思い、料理の勉強を始めました。」
現在は、焙煎とコーヒー提供は隆仁さん、接客と調理を主に佑美さんが担当しています。
佑美さんが作る「きみとチーズケーキ」は、まろやかな甘さで一口頬張ると思わずコーヒーをおかわりしたくなる味わい。地元の農家から仕入れたフレッシュな野菜を使ったサンドイッチは、リピーターの多いメニューです。
まずは自分たちが一番楽しむこと、を大切にしています
Uターンのきっかけは、2019年末。隆仁さんの中では、そろそろ地元で店をやりたいという思いが高まりつつも、場所の探し方からわからないという状況。ある帰省のタイミングで、『VOID A PART』を訪れることがありました。「ここでアトリエを運営している、ハコミドリの周防さんがたまたまいらして、話をする機会がありました。その時、『ここで飲食店をしている方が辞めてしまうので、ここでやらない?』と言ってもらったんです。」
2020年3月にPOPUPイベントを開催、その後コロナが流行するというタイミングも重なり、Uターンして起業するという流れにトントンと進んでいったそうです。
店作りを始める際に、二人が考えたコンセプトは「あなたの、暮らしの、ええ塩梅」。
「まさに、『イマジンコーヒー』に通っていた私がそうだったのですが、お店に通う目的は食べることだけではなく、人に会うという目的もあると思うのです。人と語らう、その傍らにコーヒーとスイーツがある、そんな風景が私達の理想。暮らしの中でこの店があるとちょっと良くなる、そんな存在であれたらと思っています。」
『VOID A PART』で以前行われていたマルシェも、2021年10月から、月1で復活。愛のまちエコ倶楽部さんの菜種油の量り売りやくさつファーマーズマーケットに出店する農家さんなど、滋賀県内でなにか「コト」を起こしている人たちが集まり出店しています。マルシェでは、お客さんとお店、商品との出会いはもちろんのこと、お店さん同士の出会いも生んでいます。
「マルシェには、普段からお店で提供するメニュー食材の仕入れ先として付き合いのあるお店さんや、自分たちが通っているお店さんなどにお声がけしています。コーヒーを通していいものや好きなものが発見できる場作りができたらなと。この場所で、人と人のご縁が繋がっていく様子を見られることも嬉しいですね。始まりから終わりまで、私達が一番楽しんでいるかもしれません(笑)。」
心の居場所になれる、そんな町の珈琲店になりたい
コーヒーを通して会話が生まれやすい空間にしたいと、店内には、隆仁さんの同級生が設計してくれた円卓を用意。食卓を囲む家族のように、会話が生まれてほしいという思いが込められています。また最近準備したカウンターのおかげで、隆仁さんもコーヒーを注ぎながら、お客さんとの会話も弾みやすくなったといいます。
「毎週末に来てくれるご夫婦は、必ずコーヒーとサンドイッチを注文されます。自宅で収穫できたからと、お野菜などを差し入れで持ってきてくれる方もいらっしゃいます。オープンしてまだ1年ちょっとですが、常連さんの存在は、私たちのやりがいです。」
隆仁さんが毎日向かう焙煎機は、隆仁さんが珈琲店を志すきっかけとなった「イマジンコーヒー」から譲り受けたもの。
「僕が通っていた当時から使われていたもので、今でもきれいな状態です。この焙煎機に向かって豆を挽く度に、思い出します。来るとほっとできたり、マスターに悩み相談できたりと、人生の節目に記憶に残るような店になれたら嬉しい。まちに一軒ある、気兼ねなく通える珈琲店、あってもいいですよね。」
Information
きみと珈琲
滋賀県彦根市柳川町218-1 「VOID A PART」内(Google Map)
営業時間:平日 11:00~19:00 / 土日祝 8:30〜17:00
店休日:毎週火曜・水曜
MAIL:kimito.coffee@gmail.com
※上記は2022年9月1日現在の情報となります。