#20 “NEW STANDARD SWEETS OF SHIGA”を目指して。
「NANASAN」が魅せる、老舗和菓子店の継往開来
過去のものを継続し、発展させながら将来を開拓していくこと―。「継往開来(けいおうかいらい)」の精神で新しい食体験・新しい和菓子を創出しているのが、滋賀県高島市の「とも栄菓舗」から2017年に誕生した「NANASAN(ナナサン)」。
2021年には代表作『MIO』がベストお取り寄せ大賞 総合大賞を受賞。伝統技法を取り入れながら、高島・安曇川そして和菓子の魅力を開拓する新ブランドについて、西沢勝仁さん・有莉さんにお話を伺いました。
高島発、和菓子の新しい食体験
「和菓子屋は地域の慣習や風土と密接に絡んでいるのでどこにでもあります。とりあえずでも店に入ってもらえれば、100人にひとりくらいは“和菓子沼”にハマって頂けるんじゃないかと思っています。興味を持って和菓子に接してもらえたら嬉しいな、と。そしてそれは『とも栄』でなくてもいいんです。おこがましいですが、NANASANでそのきっかけをつくることができたら嬉しいと思っています」
「革新7:伝統3」を指標に掲げ、現代の感覚を取り込んだ新しい食体験を追求し、従来の感覚にも寄り添える和菓子を創出している「NANASAN」。勝仁さんは「とも栄菓舗」3代目の長男であり4代目若旦那として新ブランドを立ち上げ、奥様の有莉さんと二人三脚で魅力創出に挑戦しています。
ブランドの軸でありフラッグシップともいえる琥珀糖『MIO』。特徴的なのが美しいその見た目です。ブランド名を体現した、底面が七角形(7)、側面をたくさんの三角形(3)で構成する多面体。新ブランド立ち上げのイメージにぴったりの日の出のパッケージも、びわ湖の朝焼けを7:3のグラデーションで表現しています。MIOの開発には本当に長い歳月をかけて取り組んだそうです。
「初めは真っ暗闇でした。ものすごく多くの時間や労力をかけ結果が出るか不安にもなったのですが、最初の展示会でのお客様の反応がすごく良く、以降ちょっとずつ広がっていってくれたという感じです」
もちろん食感や味にも深いこだわりが。琥珀糖ならではのシャリっとした食感と中にあるアドベリー味のもちっとしたゼリーのコントラスト。これもこの造形だからこそだと有莉さんは強調します。
「多面体で表面積を増やすということが、食感にも大きく影響するんです。中の餡が入るスペースや、型から抜きやすいかどうかとか、デザイナーさんと力を合わせて数ミリ単位でこだわった結果がこの形と味わいなんです」
「作り始めてから2年、やると決めてからはトータルで3年近くずっと考えていました。でもその長い期間があって良かったと思っています。その後もいろんな商品開発をしましたが、時間をかけた分だけ想いは詰まりますし、お客さんに共感してもらえたり興味を持ってもらえたりするとより嬉しいことが分かり、良い体験になっています」
この『MIO』が具現化したことで、より一層NANASANのコンセプトや想いが飛躍してきたそうです。
また、『MIO』を一躍世に広めたお取り寄せ大賞受賞は、人との縁によって選んで頂いたものだったと勝仁さんは振り返ります。
「30〜40代くらいの若旦那世代が集まりチームになって、年に2回は東京の百貨店で催事を行っています。これをきっかけとしてスイーツジャーナリストの方にもNANASANを知って頂き、『MIO』を推薦してくださってノミネート、そこから受賞させて頂くこととなりました。数珠つなぎのように、皆さんのご縁から新しいご縁を繋いでくださったことで今があるという感じです」
東京での催事を現在でもしているのは、滋賀県の魅力を伝えたいという想いから。こうしてNANASANもまた、お客さんと滋賀県との縁を繋ぐ役割を担っていきます。
「滋賀県のお米や果物を東京に送って、その場で作った和菓子をお客さんにお出ししています。興味を持って滋賀にきてもらえれば、地域のほかのお商売屋さんや農家さんも嬉しいだろうなって。実際、ここでの出会いをきっかけに滋賀に来てくださった方もいらっしゃったので、こういう発信はこれからも続けていきたいなと思っています」
“NANASANらしさ”を体現するラインナップ
純然たる和菓子は引き続き「とも栄」、新たなチャレンジを追求する立ち位置として「NANASAN」があります。
「お菓子屋の子供でなかったら、自分自身も和菓子を口にすることはほとんどなかったはずです。このまま何もしなければ若い世代が和菓子を食べる機会は増えないだろうと思い、そのきっかけをつくるためNANASANができました。手に取ってみたい、誰かにあげてみたいと思ってもらえるようなパッケージもそうで、今までにない見た目や食べたことのない味わいを目指しつつ、地元のアドベリーを掛け合わせることで地域にも貢献できればという考えで作っています」
NANASANのラインナップのひとつである『SOU』は、おおよそ7:3の割合で2層になった餡ペーストにカステラのラスクをつけて食べるお菓子。「新しいあんこの食べ方を追求したくて作りました」と西沢さん。レアチーズのコクをアドベリーの酸味が引き締める【アドベリー&レアチーズ】の餡ペーストは、濃厚ながらもさっぱりとした味わい。くちどけの良いカステラのラスクの食感も特徴的で見逃せません。
ほかに【黒胡麻&レアチーズ】【抹茶&レアチーズ】の餡ペーストもあり、現在は全3種のバリエーションで好評発売中です。
そしてもうひとつ、白あんを粉末にしたものをクッキー生地として使う『HAKU』。こちらはアドベリーの爽やかな酸味、そして食感の違いも楽しめる、後味の軽い和のクッキーです。サクサク生地の内側にほろっと崩れるショコラ、さらに中心にはやわらかいアドベリーのチョコが入った3層構造になっています。
「徐々に知ってもらえるようにはなりましたが、それでも“やっとスタートラインに立てた”という感覚です。これからも、チャレンジングなものというか、見た目も食べた感じも違う“NANASANらしさ”を体現したお菓子を作りたいと考えています」
先代の技術と想いを受け継いで…
安曇川のまちに90年前に創業した「とも栄」。屋号の由来は、“お客様と地域社会とともに栄える”という意味から。近江商人の“三方よし精神”に通ずるこの考えの大切さを、日々やっていくごとに感じていると勝仁さんはいいます。
「今の私は35歳でちょうど働き盛り。10年後に迎える100周年に向けてNANASANなどの新しい取り組みもしていますが、あくまで代々受け継いできたものの上でやらせてもらっているという感じです」
商売好きだったという2代目のおじい様。一方で、まさに匠の職人という言葉がふさわしいのが、現代表である3代目のお父様・勝治さん。技で魅せる伝統的な飾り菓子(伝統工芸菓子)で腕を磨き、菓子製造一級技能士として多くの賞を受賞する名工です。そんなご家庭に生まれた勝仁さんには、幼少期から自然とお菓子職人になるイメージがあったそう。
「幼いころから曾祖父と祖父に『4代目や』と刷り込まれていたんです。言われ続けると疑問って持たないんですね(笑) お菓子が特別好きということはなかったのですが、それでも今では、完全に天職だなと思えるようになっています」
商売も職人も両方やっていきたいと話す勝仁さん。申し訳ない気持ちもあるものの、ご自身はお父様とはまた異なる職人の道を進むことにしたそうです。
「私は工芸菓子の作品づくりは目指さないことに決めています。何カ月もかけてやる大変さのみならず、あの技術は別枠。受け継ぐべき伝統ではあるのですが、NANASANでの創作との両立は難しいと感じました。父に敬意を表しつつも、違う道で頑張って行こうと決心しました」
それでも『MIO』がそうであるように、お菓子の造形美は自然と受け継がれているようです。細かなところまで神経を使いお菓子作りに向き合うお父様の姿を、勝仁さんは小さなころから一番近くで見ていました。お菓子への気遣いなどはそういう姿勢から学ばせてもらったといいます。
「自分がやっていることは、祖父と父それぞれから受け継いでいるような気がします。滋賀を飛び出して全国の人に届けたい想いもありながら、目の前のお客さんにも喜んでほしい。父がとも栄を有名にしてくれたと思っているので、その上に築いていくのは、もっと多くの人にお菓子を食べて喜んでもらうことなのかなと。自分の代でそれができることが一番の恩返しなんじゃないかなと考えています」
お父様の和菓子の技術は確実に取り入れながらも、それを勝仁さんなりの表現方法で生かす。革新と伝統、そしてブランドに息づく「継往開来」の精神そのままに、熱い想いが言葉の端々から伝わってくるようでした。
土地の恵みを強みとした和菓子づくり
NANASANのもう一つのストーリーは、この地域の恵みの源ともいえる安曇川にあります。
その昔、安曇川上流・朽木地域で伐採された木材は、筏にすることで下流域の京都や奈良の都へ運ばれていました。命がけで運搬する筏師を水の事故から守るように建てられたのが7つある「しこぶち神社」、人々のこの願いのことを「七シコブチ信仰」といいます。神社の数から7、アドベリーが栽培される安曇川下流域の三角州から3。NANASANには“シコブチのご加護がアドベリーにもありますように”との祈りも込められています。
勝仁さんもこの地の恵みを強く感じているといいます。
「水が良いのは一番大きなことです。山々からびわ湖に降りる伏流水がこのあたりで井戸水として湧いてきますが、これが本当に美味しくて。修業時代の東京ではとても良いとされる浄水器を通した水でお菓子を作っていましたが、やっぱりなにか違うんです。改めて、ここの水は良いんだなと分かります」
そしてこの水の違いを生かすのが餡づくり。つぶあんは比較的作りやすいものの、こしあんや白あんはノウハウも時間も必要で手がかかるそう。自前で餡を作る和菓子屋さんは実はあまり多くないようで、勝仁さんいわく「全国でも1割ぐらいなんじゃないかと思う」とのこと。
「美味しい水が餡に生きてくるんですね。瑞々しいけど水臭くない、美味しい餡になるんです。自社で、しかも美味しい水を使って作れるというのが、ある意味で『とも栄』の強みなんじゃないかと考えています」と有莉さん。
「和菓子にいっぱい使う卵も、本当に良いものがすぐ近くの養鶏場さんから手に入ります。京都や大阪から買いに来る人もいっぱいいるほどの美味しい卵です。良いものが当たり前のように手に入ることが有難く、この地域ならではの良さだと思います」
地方であることはハンデではないと勝仁さんは断言します。高島がポテンシャルを発揮してさらに盛り上がるよう、地元の人が気づけていない魅力も広めていきたいと話します。
「少ない人口の中にあって、都会でも活躍するだろうなというようなスーパースターが高島には本当にたくさんいるんです。ぼくらは和菓子屋ですが、異業種の方との“かけ算”で地域の魅力を発信していければもっとすごいことができるんじゃないかと思っています」
新定番へ。日々増していくNANASANの魅力
「ブランドの立ち上げなんて、今思うとようやりましたね。同じことをもう1回やれと言われてもできないですね」と笑う勝仁さんと有莉さん。
商品開発はそれぞれに大変でしたが、不思議なもので大事なところではなにかと偶然の出会いやひらめきに助けられたそうです。例えば『MIO』ではあと一歩のところでアイデアが出ず、足踏みが続きました。そんな中、勝仁さんがお正月にひとりで掃除をしていると、ある昔のお菓子のレシピが目に留まります。お菓子の種類としてはまったく異なるものだったそうですが、そこからヒントを得たことで完成がぐっと近づいたといいます。
「不細工なりにも一生懸命頑張っていたからこそ、神様が見かねて最後に手助けをしてくれたのかなと思っています」
地域と和菓子の魅力開拓のため、おふたりの創作意欲はまだまだ尽きません。米どころでもある滋賀県。今はそのお米を生かした、クランチのようなイメージの新しいポン菓子を開発中だと勝仁さん。
「作ってみたいお菓子がまだまだたくさんあるんです。年々増えていって、絞らないとまずいなとも感じています(笑) NANASANだけでなく、『ベイクドようかん 湖々菓楽(ココカラ)』のようなアドベリーを使わないようなものは、とも栄菓舗としてチャレンジしています」
「千葉から嫁いできて、こんなにいいところがあったのかと。毎日のようにどんどんと魅力が更新されています」と有莉さんは話します。
和菓子から滋賀の新定番を目指すNANASAN。高島の魅力が詰まった和菓子を、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
Information
NANASAN / とも栄菓舗
滋賀県高島市安曇川町西万木211-1(Google Map)
店休日:元日のみ
営業時間:9:30~18:30
TEL:0740-32-0842
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※上記は2022年12月1日現在の情報となります。