#17 宿命と向き合う日本酒づくり
高島の風土を映した「福井弥平商店」の旨い酒

その哲学のひとつは、“情景の見える酒をかもす”こと。

 

銘酒「萩乃露」で知られる滋賀県高島市の老舗酒蔵「福井弥平商店」は、ただ美味しいものを追求するだけではありません。創業から270年。この土地とまっすぐ向き合いながらも変化を是とする精神で仕込む日本酒づくりについて、代表取締役社長の福井毅さんに伺いました。

 

水への向き合い方を決めた「芳弥」の誕生

お酒づくりに水は大変重要なもの。20年前、毅さんは『芳弥』というお酒に、その水へのこだわりを込めました。

 

「水は地酒にとって宿命的で、お酒の味を8割方決めます。都会化したところでは難しくなりましたが、今でも田舎のほうの酒蔵では、その場所でしか採れない水である地下水や天然水を使ってお酒をつくっています。逆に言うと、そこからは逃げられない。ここで採れた水と向き合ってお酒づくりをしていこうと、20年前にはたと思いました」

「ここで採れる水は超軟水。この水には2つの側面があり、ひとつは飲むと柔らかく、少し甘味を感じられる。そしてもうひとつにミネラルが少なく、発酵が進みにくいという特徴があります。発酵が緩慢になると、たとえば超辛口のお酒などはつくることが難しくなるんです」

 

水の性質は人工的に変えられるようですが、福井弥平商店ではそれをしない代わりに昔ながらの醸造手法を採用。この手法にすると、細胞壁の構造が変わり強い酵母菌が育ちます。厳しい環境下でも酵母が健全に発酵することで超軟水の良さを最大限に生かしたお酒となり、この『芳弥』は深く濃い旨み、熟成された落ち着きのある味わいのお酒に仕上がりました。

実は『芳弥』の名は屋号が由来。社名の「福井弥平」は当主の名前で現会長が8代目当主・福井弥平さんなのですが、もともとの屋号は「芳野屋」だったといいます。

「昔はどこの酒屋にもあった“通い徳利(※)”には『芳弥』と書いてあるんです。屋号は『芳野屋』、創業したのが『弥平』さん。『芳野屋弥平』を縮めて『芳弥』となります」

※お客さんがお酒を買うための量り売り用のとっくり

「おそらく250年前からこの宿命と向き合ってきたはずだと考えました。“水の良さを生かす酒づくり”を強く意識したことが、江戸時代からの醸造手法を取り入れるきっかけとなりました」

 

手間と時間をかけて昔ながらの製法でつくられた、屋号を背負う『芳弥』。福井弥平商店の水との向き合い方を体現した銘柄だといえるのでしょう。

 

 

地域に貢献する、地域に根ざしたお酒づくり

サラリーマン時代は大手酒造メーカーに勤めていた毅さん。ご結婚を機に酒蔵へ来てからは、それまでの経験も踏まえつつ、地酒に求められるものが何であるかを深く考えたといいます。

「生産規模が小さければ地酒なのか?手作りなら地酒なのか?そのどちらも僕は違うと思います。というのも、大手酒造メーカーの技術者であってもマインドは自分たちと変わらないのです。大量生産で楽をしようなどという発想の人はまったくいませんでした」

では、それらを分けるものはなにであるのか。担うところの違いが、地酒かそうでないかの差なのではなのではないかと毅さんは話します。

「僕らは地域を担うし、大手酒造メーカーではもっと広い範囲がターゲットになる。地元の素材を使うこと、その土地で生業とすること。真面目に商売をすれば経済や雇用も回り、地域を担い、地域に貢献することができる。それが地酒に求められること、地酒のあり方なのではないかと思っています」

「天台さんが『一隅を照らす(※)』という言葉をおっしゃるが、まさしくその通りで、1200ある地酒でどこが一番かという議論をしてもしようがない。それぞれがそれぞれの地元(=一隅)を照らしておけば酒屋として生業になるし、その地域も良い状態が維持できるんです」

自身にとってはいたって自然な発想だった、と毅さんは振り返ります。

※天台宗の開祖・最澄の言葉

「ここに酒蔵があることを知らない人はいっぱいいます。地域を担っていること、他にもそういう人々がたくさんいるということを自分たちの酒づくりを通して伝えたい。また、そういう地域の豊かさを、大人にも子供にも伝えていきたいと思っています」

 

地域に根ざしたお酒づくりをして地域に貢献すること。それ自体が、“情景の見える酒をかもす”という言葉の中に包みこまれているのだと、深く感銘を受けました。

 

 

驚きの詰まった「雨垂れ石を穿つ」、常識破りの「里山」

福井弥平商店の日本酒の特徴は、なんといっても柔らかさです。まろやかで旨みがあり後味のすっきりしたお酒は、まさにこの土地の超軟水の良さを最大限に生かした賜物だといえます。“十水仕込(とみずじこみ)”でつくる『雨垂れ石を穿つ(あまだれいしをうがつ)』も酒蔵の代表的なお酒のひとつ。

「考えて作ったという感じは全くないですね」と毅さんが話すように、このお酒は、2013年の台風災害から奇跡的に生まれてきたものなのだそう。

この年の9月、台風18号により川の堤防が決壊、高島市では甚大な浸水被害を及ぼしました。あたりの田畑は濁流に飲まれ、収穫間近まで育っていた稲の大半が失われる壊滅的な事態となっていたなか、契約していた酒米圃場だけは驚くことに被害をほとんど免れていたというのです。

 

「せっかく生き残った米をなんとかモノにしたい、どう生かして作ろうか、と。そんな思いの中で出てきたのが、江戸時代後期の十水仕込という手法でした」
この手法は現代のものよりも使う水が少なく、仕込みは相当に大変なものだったといいます。

一方で、ネーミングやデザインはビジネスパートナーであるソムリエ兼デザイナーの方のものを採用。事の成り行きや酒蔵のことを知ってもらったのち、あるイベントの打ち上げの席で提案されたものをほぼそのまま使うことにしたそうです。

 

大きな困難と多くの方の尽力のもと完成したこのお酒は、“今まで経験したことのない鮮烈な美味しさ”とも評されます。感嘆符「!」を日本語で読むと「雨垂れ」。『雨垂れ石を穿つ』はその名のとおり多くの驚きに満ち溢れた日本酒なのです。

 

『芳弥』同様、20周年を迎えた銘柄に『里山』があります。

「地元・高島の『畑の棚田』の保全のためのお酒です。地域に根ざした酒づくりをする自分たちがやるべきだろうと思い20年前に始めました」というこの日本酒。実はほかのものとは少々わけが違い、なんと、食用米であるコシヒカリからつくるというのです。

そもそも食用の米でつくる日本酒というのはこの業界では邪道とされます。「どちらかというとコストを下げるためにするような発想」であり、美味しいお酒にもなりにくいそう。

「ですが、畑の棚田が酒米を育てるのに不向きな環境だったことから、通常で栽培ができるコシヒカリでつくることにしました。酒づくりは本来まず米を選ぶことから始まるものですが、『里山』は棚田保全のために“米を選ばない”というところからスタートしています」

 

それでも20年経った今はコシヒカリの扱いにも慣れ、「他の酒蔵の杜氏さんが食用米だと分からないくらいに美味しくなってきた」と、毅さんは胸を張ります。

また2022年には、春夏秋冬を表現した4種飲み比べの20周年記念酒、『里山 棚田四景』を限定醸造。この記念酒では、米をあまり磨かない低精白のお酒を実現しています。

 

「美味しいお酒の通説どおり、実際は米の外側を削るほどに美味しくなるんです。外側には米の油分やでんぷん質が多く、それがないほうが味の良い綺麗なお酒ができやすい。僕らがにおいをかげば“油臭”がわかるほど。でも、せっかく収穫できた貴重な棚田米の大部分を削ってしまうなんてもったいない。だからあまり磨かず、それでも美味しい酒づくりを試行錯誤することにしました」

 

20周年を機にようやく完成にこぎつけた低精白の『里山』記念酒は、当初期待をしていなかった板前さんが飲んで驚くほどの出来栄えだったといいます。お米を大切にしたことのみならず、さまざまな料理に合わせられるような懐の深さがあることも、多く磨いたお酒にない長所なのだそうです。

「“情景が見えるお酒”をつくりたいという原点、そして“常に革新をやっていこう”という姿勢。縦糸と横糸が掛け合わされた企画が、この『里山』でした」

驚きの詰まった『雨垂れ石を穿つ』、里山を守るために常識をも破る『里山』。

地域に根差す考えこそ通底しているものの、手法にはあまりこだわらない。水の良さを生かせるものであればいろんな可能性にチャレンジするべきだというのが、毅さんの流儀です。

 

「昔の手法をやることによって新たな発見がありました。実際に自分の目で確かめることで、分からないことや知らなかったこと、やれることがまだまだたくさんあることに気づいたんです」

 

 

お酒の力で、楽しさや豊かさを地域に伝えていきたい

昨年270周年を迎えた福井弥平商店。先の300周年を見据えながら「次の代でもいい状態で商売ができるように。地域においては『福井弥平さん』がちゃんと地域貢献をしていて、良い見られ方をするようにしていきたいですね」と毅さん。

 

お酒づくりの楽しさを多くの人に広げるため、まずは従業員へその良さを伝えていく工夫があります。毅さん自身もともと「縦割りは面白くない」と思っていたこともあり、社内で職能横断のチームを組んで、企画段階からお酒づくりに挑戦できるようにしているそうです。

また『雨垂れ石を穿つ』の売り上げの一部は、高齢化が進む地域の見守り活動資金などに活用されています。

「台風被害のとき、市の社会福祉協議会がボランティアセンターを運営していました。そこで彼らが本当に献身的に活動する姿を見ていたので、そのお礼の気持ちから始めました。ボランティアというのは強い想いを持った人がやっているんだ、ということも人々にしっかり伝えていかないといけないので」

 

「『里山』にしてもそうですが、お酒にすることで人に聞いてもらうことができる。伝える機会が増え、メッセージ力も大きくなる。やっぱり、そんな力がお酒にはあるのかなと思いますね」

 

 

挑戦と変化を止めない老舗は、これからも“スイング”する

福井弥平商店には挑戦と変化を続ける精神が息づいています。ここまでで紹介してきた昔ながらの製法や低精白、食用米に限りません。貴醸酒やスパークリング日本酒、商品では『双子座のスピカ』や『和の果のしずく』なども非常に特徴的かつ魅力的!

なんでも、毅さんがここに来た21年前にあった商品は、2022年現在ひとつもなくなったそうです。

 

「去年までは2品残っていたのですが、なんらかのリニューアルやブラッシュアップを経て21年前と同じという商品はゼロになりました。でも、そういうものかな、とも思っています。変えないことは楽なのですが、どんどんと社会も変わっていきますし、“変化することができなければ老舗は続いていかない”というのが僕の基本的な考え方です」

ひとつひとつが真剣勝負でありながら、楽しむことも忘れません。

 

「僕たちは冬しか酒づくりをしませんので、残された冬の数を考えると年々バッターボックスに立てる回数が減っていくわけです。そうすると、振らないのはもったいないですよね(笑) だから振っていこう!と(笑) 今こうやっていろいろと商品が出てくるのはそういうことです」

それぞれの代がそれぞれで面白いことをしていければ、と毅さんは笑顔で話します。

 

「面白いですよ、酒づくり。シンプルでしょ、米と水だけって。このシンプルな素材からどのようなものをつくっていくのかというのは人次第なので。そこは本当に面白いですよね」

高島の情景が見え、そんなにも面白い「福井弥平商店」の日本酒。飲んでみたくならないわけがないですよね。

 

ちなみに、、、ラインナップは全部で190商品ほどなんですって(!)

 

Information

福井弥平商店

滋賀県高島市勝野1387-1Google Map
店休日:公式HPより営業カレンダーにてご確認ください
TEL:0740-36-1011

ホームページ / Instagram / Facebook / オンラインショップ

 

※上記は2022年11月1日現在の情報となります。

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