#32 主役を引き立てる、名脇役。
二百年蔵の「丸中醤油」は、醸造菌と自然と職人の勘によって生まれる

一滴で口に広がる旨味とまろやかな深い香り。有名寿司店の板前やミシュランレストランのシェフをうならせている醤油が滋賀県にあります。醤油蔵「丸中醤油」の創業は寛政末期! 200年以上守り続けている独自の「古代製法」は、醸造菌が命。

創業当時の様子をそのままに残した国登録有形文化財の醤油蔵では、どのような醤油づくりが続けられているのでしょうか? 8代目蔵元の中居真和さんにその想いを伺うべく、蔵元を訪れました。

 

負荷をかけずに、自然に即してつくる3年熟成の醤油

 

取材に伺ったのは、ちょうど梅雨の入り口。蔵では仕込み後の一次発酵が始まった矢先でした。「梅雨入りすると醸造菌の発酵が進むんです。この一次発酵は大切な時期。今年は通年よりも発酵するのが、1〜2週間ほど早いですね。5月にこの段階に入るのは何年ぶりだろう」と、8代目蔵元の中居真和さん。

「私たちの醤油づくりは、自然農業のようなもの。気候や気温に合わせて、職人はもろみの具合に寄り添って作業を進めています」

 

醤油の甘くふくよかな香りが漂う蔵元には、大人2人がすっぽり入りそうな杉樽が、入り口入ってすぐの土間の真ん中に置かれています。近づいてみると、ふわふわした茶色いものが付いています。天井を見上げると、梁と梁の境目に白いものがあちらこちらに。

 

「これは醸造菌。丸中醤油の風味や味を担っている、大切な菌です。菌が絶えないように、空気が乾燥する季節には、乾燥しないように維持しています。盆地で夏は蒸し暑く、冬はゲリラ雪があるような環境で、あまり風が吹かずに空気の流れも重いですね。うちの蔵にはいつも風が通っているので、醤油づくりにはこの環境が必要なんでしょうね」

 

丸中醤油の醤油は、1本完成するまでに長い時間を要します。例えば、スーパーなどで見かける一般的な醤油づくりは、原料の処理 · 麹づくり・発酵(熟成)・圧搾・火入れ・ビン詰めをして出荷、という工程を約1年ほどで行います。しかし丸中醤油の場合は出荷までに約3年かかります。

 

それは、仕込んだあとのもろみを無理に発酵熟成させないから。もろみが発酵熟成しやすい温度を一定に保つと発酵熟成が促進されますが、それをせず、徹底的に自然熟成・天然醸造に任せています。「マニュアルもなく、ケースバイケース。経験と感覚が生きる、まさに職人技ですね」

 

なるべく自然のまま、醸造菌に頼るのみ。これがまろやかで風味豊かな丸中醤油を成しているのです。

 

醤油の原材料となるのは、国産大豆・国産小麦・天日塩・鈴鹿山系伏流水。信頼できる国内の無農薬の産地から取り寄せ、伏流水に至っては、人がそのまま飲める水を濾過したものです。「先々代の頃、身内が農薬で身体を害したことがあり、口に入れるものは安心安全なものを選ぶという先代の意志を引き継いでいます」

原材料も自然のもの。年によって風味や出来の揺れもあるため、毎年出来上がりの醤油の味も異なってきます。

 

ほとんどの工程に人の手が介されているところも、他にはない特徴のひとつ。

職人が発酵の状態を見極めながら、麻袋に塩を入れて樽の水の中に1週間つけて溶かす「塩吊り」、空気を送って混ぜる「櫂入れ」、完成したもろみを絞る最終工程には、麻袋に詰めてもろみ自身の重みでゆっくり絞る「舟絞り」。その製造過程には機械的なものはほぼなく、もろみと対話をしながら、作っているようにも感じられます。

(写真提供:丸中醤油)

 

「私たちは、ただ昔のやり方をそのまま変えずに守り続けているだけ。原料から仕入れ、蔵で自然発酵熟成させるという、うちのような醤油蔵は今では珍しくなってしまいました」

 

 

「丸中醤油は、電気が止まっても醤油が作れるんです」

継ぎたくない時期もあった、と中居さんはいいます。

「小学生の頃、ある飲料メーカーの工場見学に行って、ピカピカのオートメーション製造ラインを見てかっこいいと思いました。それに比べてうちの先々代は朝4時に起きて仕事を始める、全手作業の肉体労働…大変なやり方だと思っていました」

 

そんな中居さんは20代の頃、関東にある醤油工場に研修に出ます。

 

オートメーションの最新型の工場で、醤油がつくられるのは、温度が一定に保たれた無菌の部屋。大豆や小麦などの原料は全て機械によって運ばれ、異常が出れば警報が鳴り、製造の様子は別室にある画面でチェックをするという、数値管理が主な仕事でした。製造の工程では原材料の風味チェックも、発酵具合を確かめる味見もほとんどなく、最終的にいろんなものを入れて数値を調整します。そしてとにかく洗浄と殺菌。醤油に触れない環境で、数値が一定の醤油を、早く大量に作ることが醤油づくりの仕事でした。

 

「うちでは味見が全て。暑い部屋で職人がもろみをかき混ぜます。添加物は一切入れません。そのため年によって出来上がりに差が出ます。醤油を絞り終わった後も、蔵は除菌のようなことをして洗浄しません。それは醸造菌を生かすため。丸中醤油は、熟成過程において電気が止まっても醤油が作れます。ああ、うちとは全然違うなと感じました」

 

研修中のある時でした。ある醸造大学の元助教授と仲間らが集まり中居さんの家で夕食を取った折、手土産の寿司に実家から届いた丸中醤油を付けて食べたところ、驚くほどの好反応がありました。

 

「元助教授に製法を聞かれたので伝えたら、その製法は大事にしなければいけないと言っていただきました。蔵には多くの菌が棲んでいる。この菌が醤油を美味しくする。蔵を撤去して近代化してしまう工場もあるが、それはもったいない。菌の種類は何億とあって、まだ解明されていない菌がたくさんあるのだと。それから改めて醸造菌のことについて考え、うちの醤油づくりを守ろうと思いました」

 

 

勘を生かして、醤油をつくり、醤油を楽しむ

 

中居さんに、おすすめの醤油の使い方を聞いてみました。

「ぜひ寿司に試していただきたいです。シャリではなく、ネタにちょこっとだけ付けて食べる。これが一番美味しい! うちの醤油はたくさん使わず、ちょっとだけ付けるのがミソです。あくまでも醤油は脇役。素材を引き立ててくれるのが、良い醤油だと思っています」

 

丸中醤油は常温保存。ワインのように熟成していく過程も楽しめます。また、蔵元を訪れた人だけが買える「杉樽三年熟成しょうゆ」は特別な醤油。店頭販売のみ。百年以上経た杉樽で仕込まれた醤油をしぼったものです。年々の醤油の味わいの違いを楽しめるといって、コアなリピーターが多いそうです。

 

「毎年均一なものをといわれると難しいんです」と中居さん。それは自然を相手にしているから。気候、天候、その年の原料、発酵する蔵ごとによっても仕上がりは変わります。3年を基準に、職人の勘によって出来上がりの時期も多少前後します。

 

「例えば実家の料理って、年中一定に量を量って作ったりしないでしょ。ああいう感じで職人も自然に即して勘を働かせて、もろみの状態をみきわめながら醸造しています。料理でもそんな風に使うのがいいのかも知れませんね」

(写真提供:丸中醤油)

 

早速、「丸中醸造醤油」を買って帰り、夕食に使ってみました。冷や奴やお刺身にはもちろんのこと、チャーハンや炒め物など普段の料理に数滴加えてみることに…。するとふくよかな香りと奥深さがいいアクセントになって加わり、一気に料理がレベルアップ。

お料理に深みが出て食が進む進む…こりゃあいい!

 

自然とともに丁寧に作られる丸中醤油の醍醐味。お話を聞いていると醤油が身近に感じられる感覚がありました。均一でないからこそ、美味しい。その年、その季節に合わせた食べ方で風味を楽しめばいい。一期一会の食事がもっと楽しめるようになりそうです。

 

Information

丸中醤油

滋賀県愛知郡愛荘町東出229Google Map
営業時間:9:00〜17:00
店休日:土曜日・日曜日・祝日
TEL:0749-37-2118(蔵元)

ホームページ / オンラインショップ / Facebook

 

※上記は2023年8月1日現在の情報となります。

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