#02 堅田の地で200余年。
ストーリーを大切に日本酒を仕込む「浪乃音酒造」

米作が盛んであり、また山々から流れる名水もあることから、美味しい日本酒づくりに適した環境が揃っている滋賀県。県内には約40の酒蔵があり、それぞれの個性や美学を詰めこんだお酒を醸しています。

 

今回訪れたのは、大津市本堅田に蔵を構える浪乃音酒造さん。創業200年を超える老舗の酒蔵です。

 

浪乃音酒造の歴史や酒造りのこだわりについて、10代目蔵元である中井孝さんにお話を伺いました。

 

※本文章は2020年9月の取材内容を加筆・再構成したものです

 

湖族の末裔・中井家

浪乃音酒造は現当主の中井孝さんで10代目、創業は1805年と200年以上もの歴史をもっています。屋号の「浪乃音」は比叡山の高僧が名づけたもので、創業した当時から変わっていません。

「元々うちは湖族で、私はその末裔なんです。」と中井さん。

 

「湖族」とは琵琶湖を拠点に活動していた海賊で、『堅田衆』という名前でよく知られています。その堅田衆は水軍のような軍事力を備えていたり、琵琶湖の漁業権を持っていたりと、長きに渡って湖上交通の要衝でもあるこの地を治めていました。

 

権力を持った自主国として各時代の為政者からも認められており、堅田のまちは歴史の息づく土地と言えます。

 

中井家は網元(※1)のような役割をされていたために農民からの年貢が上がってきており、そのお米を使ってお酒を造っていたのが創業以前の酒づくりだそうです。

 

“堅田の地で長年愛されてきた酒蔵”ということが、こういったエピソードからも感じられますね。

※1 漁網や漁船を所有する漁業経営者のこと

 

3兄弟のお酒づくり

中井さんが酒蔵を継いで約20年。現在は3兄弟を中心にお酒づくりに励んでいらっしゃいます。

 

「単に兄弟で酒をつくっているという蔵は他にもあると思うが、『3兄弟』となると珍しいはず」

 

長男の孝(たかし)さんがお米を洗ってから蒸すまでの作業を担当する「釜屋」兼営業、次男の均(ひとし)さんが酒造りの最高責任者である「杜氏」、三男の快(やすし)さんがもろみの管理をおこなう「麹屋」を担当されています。

3人ゆえの苦労を伺いましたが、そんなことはほとんどないそうで、むしろ安心感など3人いるからこそのメリットばかりとのこと。

 

それぞれの担当はありますが、それ以外の役割もできるようにと修行をしているため、「弟に任せたりすることもできるからありがたい」といいます。

 

お酒づくりをしている時期は、朝4:30に起きて仮眠を取りながら一日中世話をするといいます。とても大変そうに感じてしまいますが、「習慣になれば大丈夫」と中井さん。

 

逆に最も嬉しい瞬間は、なんといっても「お酒が搾れたとき」。

 

もろみの段階で味見をしても実際にどんな味に仕上がるかは搾れるまで分からず、想像通りの場合もあれば、それ以上の味わいのものができることもあるそうです。

 

できあがるまで分からない、予定通りにできるほど簡単ではないというのも、日本酒の魅力のひとつかもしれません。

 

能登杜氏の流れをくむ『蔵元杜氏』

家業を継ぐという意識について「蔵元としてはなんとなくあったが、まさか酒をつくる側になるとは思ってもいなかった」と中井さんは話します。

 

初めは使命感から入ったそうですが、取り組むうちに酒づくりのおもしろさに気づくこととなり、今の『蔵元杜氏』浪乃音酒造があります。過去9代に渡っては杜氏を招いてお酒をつくっていたようですが、10代目にして初めて蔵元自らがつくることに。

兄弟3人が酒造技術を学んだ先生は、能登杜氏であった金井泰一(かないたいち)さん。

 

中井さん曰く「めちゃめちゃ優秀な方」で、米を磨く割合を大きくせずともその他の酒蔵と対等に渡り合い、1位や2位を獲得してしまう技術を持っていたそうです。

 

また金井さんが福井県に赴いた1年目にはその酒蔵が連続して金賞を取るようになり、それをきっかけとして現地で能登杜氏の評判が広まり、福井にどんどんと能登杜氏が呼ばれるようにもなったとのこと。

 

そしてもうひとつ、金井さんの腕の良さや評判がわかるエピソードが、中井さんが初めて能登杜氏組合の会合に出席したとき。

 

「いろいろな杜氏さんから『いい人に習っているんやからしっかり勉強しなさい』と声をかけてもらえた」ということがあったそうです。

その、とびきり優秀な金井さんの元での修業期間は約7年。蔵に招いたときにはすでに70歳を迎えていたこともあり『5年で覚えてくれ』と言われていたようですが、いざ実践してみると大変に難しく、結果として2年延長となりました。

 

修業は、職人の世界でよくある『見て盗め』ではなく『丁寧に教える』方法だったそうで、これに関して「ラッキーだった。見て盗む形では20年かかっても覚えられなかった」と笑う中井さん。

 

腕はよかったものの、もともと人に技術を教えるタイプではなかった金井さんを想い「とても苦労されたのではないかな」と中井さんは振り返ります。

 

自身の技術を伝承することを最後の仕事に選ばれた金井さんの丁寧な指導を受けて誕生した、能登杜氏の系譜を継ぐ『蔵元杜氏』。まだ少し早いかなとは思いつつ失礼ながら次の代について伺ってみると、もうすでに息子さんが杜氏として修行中とのこと。

 

「継ぐと言ってくれているし、ありがたい。」

 

こうして技術と文化が脈々と継がれていくということは本当にかっこいいことだなと、羨ましさとともに、なんだか胸が熱くなってしまいました。

 

浪乃音のこだわり、上品な『甘味』

浪乃音酒造は新酒鑑評会でも何度も金賞を受賞しています。

 

「受賞するだけのお酒をつくるだけならもっとやり方はある」と中井さん。「金井泰一流を踏襲し、美味しい酒をつくりながら鑑評会での受賞を目指す」という「ギリギリの挑戦」をしているのだそうです。

 

これだけは譲れないという浪乃音のこだわりが「上品な甘味」。

 

ねっとり感で甘味を表現するのではなく、すっきりとキレのある中で甘味を出すのが浪乃音流で、「これは麹づくりで決まる」と中井さんはいいます。はっきりとした口ぶりに、それだけ自信と誇りを持って酒づくりに取り組まれているのだと感じました。

浪乃音酒造の看板商品は『ええとこどり』。あくまで“関西弁でキャッチーさを出すためのネーミング”であり、中汲み(※2)のことを指しているわけではないとのこと。

 

キリッと冷やし、冷酒として呑むのが中井さんのおすすめ。滋賀に訪れた際は、ぜひお試しいただきたい逸品です。

※2 日本酒の中でもっとも品質の良いとされている部分

 

物語とともに愉しむ日本酒

浪乃音酒造さんの理念である『古壷新酒(ここしんしゅ)』。俳人・高浜虚子の造語で、『伝統を守りながら新しいことに挑戦する』という意味だそうです。

 

この考えに則り、今後もチャレンジしていきたいことがたくさんあるとのこと。

 

まず計画中であるものが「滋賀県産米をすべて使ってブレンドしたものでお酒をつくりたい」ということ(※3)。

 

酒づくりの際、通常は酒米を1種類、多くても2種類使うのが一般的ということなのですが、滋賀県産米は20種類以上あります。それをすべてブレンドするとどんな味になるのか、想像をかき立てるおもしろそうな試みです。

※3 2021年12月現在、このアイディアは実際に商品化されています。商品詳細はこちらのページをご覧ください

 

そして最も熱い想いを感じたのが、「ただ浪乃音を飲むだけでなく、なにかを知って飲んでほしい」との言葉。

 

「物語が入ったときに、そのお酒は10倍美味しくなる」

 

今回のような話を聞いたり、料理を食べながらだったり、酒蔵見学したり。お酒や浪乃音酒造にまつわるすべてのことが『物語』となり、お酒を美味しくするのだといいます。

 

「顔を知ってもらうことも大切なので、一緒に呑む機会を作ってもいいかもしれない」というアイディアも飛び出し、中井さんも参加する『蔵元と杯を交わす会』や『蔵元に囲まれる会』のような企画もやってみたいという話にまで発展しました。

 

こんな会、お酒が好きな方には最高だと思いませんか?実現した際は、私もぜひ参加したいと思います。

 

人が織りなす魅力がある

中井さんは滋賀の魅力について「都会にも近く、それでいて自然豊かな田舎があり、不便でないながらも『ふるさと』を感じる土地であること」と語っていました。

 

酒蔵として200年あまり、湖族としてはそれ以上に歴史を重ねてきた堅田の地が、まさに『ふるさと』を思い起こす土地なのだと思います。

 

滋賀県出身でない私も、気づけば滋賀での生活が15年目を迎えており『第2のふるさと』になっています。住めば住むほどその良さに気づける土地で、中井さんのいう滋賀の魅力はまさに共感するところです。

そして、なにより魅力的だったのは中井さん自身。

こういった魅力的な人たちが滋賀の魅力を形作っているのだと、今回のお話を通してあらためてそう感じました。

Information

浪乃音酒造

滋賀県大津市本堅田1-7-16(Google Map
TEL:077-573-0002
営業時間:9:00〜17:00
定休日:土・日曜日、祝日
ホームページ / Facebook / Instagram / オンラインストア

※上記は記事公開時点の情報となります。詳しくは施設HPや公式SNSにてご確認ください。

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春夏秋冬で中身とラベル、ネーミングも変わる、びわ湖花街道オリジナルの独創的な日本酒。浪乃音酒造とのコラボレーションにより実現した商品です。

 

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琵琶湖のほとり、おごと温泉の高台にある温泉旅館。びわ湖花街道は、美肌の湯で名高い温泉と地元食材を使った料理が自慢。
滋賀を巡る旅にぴったりの、この土地ならではのくつろぎをお愉しみください。

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