#41 地産地消で伝える「滋賀料理」。
近江八幡にある「ひさご寿し」が伝えたい、滋賀に潜む「豊かな鄙び」とは?

寿し・日本料理店 「ひさご寿し」のお品書きを開くと、目に飛び込んでくる「滋賀料理」というワード。これは、地元・近江八幡でとれる食材にこだわり、地域に根付いた食文化を現代風にアレンジした料理のことで、2代目の料理長・川西豪志さんが生み出しています。

川西さんは、2015年にはミラノ万博の日本食チームメンバーを務め、日本庖丁道清和四條流の師範でもあるという経歴をお持ちの方。「滋賀料理」には、琵琶湖に生息する湖魚や地元の野菜を扱っているという特徴があります。これにはどんな背景や想いがあるのでしょうか?

 

 

「ひさご寿し」が、地産地消の魅力に出会うまで

 

「持ち帰り予約していたのですが」「お待ちしておりました〜」。

近江八幡市にある「ひさご寿し」。大通り沿いのお店には、オープン時間になると、続々とお客様が訪れます。二人連れ、家族連れ、中には一人のお客様も。リピーター客が多いといいます。

 

2代目料理長の川西さんが力を入れているのが、滋賀県ならではの素材を生かした地産地消の和食。滋賀県食文化財「あめのうおご飯」を〆にいただけるお弁当「あめのうおご飯松花堂」は、お店のイチオシメニュー。その内容は、琵琶湖で捕れたビワマスの炊き込みご飯やお刺身、季節の湖魚の佃煮、近江牛のきんぴら煮、地野菜を使ったサラダや煮物など、まさに近江づくし。

ほかにも、持ち帰り定番メニュー「上方寿司」は、手土産にも食卓のごちそうにもなる極上の寿司三昧。ここにも、ビワマスの箱寿しや湖魚を扱った琵琶湖棒寿司などが用意されています。

 

「創業時から、湖魚や地元野菜のメニューがあったのではなく、少しずつ増えていきました」と川西さん。どのような経緯で、今の「滋賀料理」スタイルが築かれていったのでしょうか?

 

「ひさご寿し」は、創業した昭和35年、「ひさご」という小さな食堂からスタートしました。地域の方々が集まるような和食店に育っていくなかで、寿司の提供も行うようになり、いつしか仕出し・出前の寿司として人気を博すようになったといいます。

 

そんな地元を支える名店を2代目として継いだのが、川西さんでした。近江八幡生まれで、学生時代から、将来は料理の仕事がしたいと考えていました。

「調理師専門学校への進学をぼんやり考えていたのですが、ひょんなことから、ひさご寿しの料理人の募集を知り、身内に勧められて働き始めました。偶然の出会いですね」。こうして18歳から、料理人としてのキャリアが始まり、女将との結婚を経て、導かれるように人生が進んでいきます。

 

「数年間の有馬温泉での旅館勤めを経て、近江八幡に戻ってきたときに、その地域らしい日本食とはなんだろうと改めて考えたんです。ある時、京都の中央卸市場で菊菜を注文したら、近江八幡産の菊菜が届いたんです。地元で採れたものなのに、わざわざ経由しなければ手に入らないことにちょっとした違和感を感じたんです。近所で新鮮なものを直接買いたい、と思ったのが大きなきっかけです」

 

地産地消という言葉がまだ珍しかった2005年頃は、地元野菜の流通も未発達。地元の食材の買い付けのために、しらみつぶしに農家にコンタクトを取りましたが、なかなか取り合ってくれない状況……あるとき、近江八幡市が実施していた「近江八幡こだわり食材産地直売軽トラ市」に足を運んだことがきっかけで、やっとのことで農家さんに出会えたといいます。

 

 

沖島の漁師さんとの交流。湖魚・ビワマスとの初めての出会い

 

もともと淡水魚はほとんど市場にも並ばず、湖魚は流通がありません。仕入れ先すら分からない状況でした。そんななか、湖魚に出会うきっかけになったのが沖島でした。沖島は、近江八幡から船で15分ほどで到着できる、琵琶湖に浮かぶ小さな島。コンビニも車もない、人口270人ほどの小さな島には、漁師を生業にした人が多く住んでいます。


店内には琵琶湖の葦戸や浮きシャンデリアなど、滋賀を感じるインテリアがところどころに

 

「2006年、この沖島で天然鰻のどんぶりが、1000円で食べられるという内容の『天然鰻祭り』というお祭りが行われました。人が来すぎてしまったという、たった一回きりで終わった伝説の祭り(笑)。この祭りに足を運んだ時に、沖島の地元の人から相談を受け、島のお土産『沖島よそものコロッケ』の開発に関わることになったんです。ブラックバスとおからを使ったクリームコロッケのようなもの。これが美味しいと好評になり、それで島の人に信頼してもらえたのか、仲良くなり、いろいろ話をしてくれるようになりました」

 

川西さんはこうして、湖魚のなかでも「ビワマス」をまずは中心的に扱うことになります。郷土の素材を生かす美味しい調理法を考えていた時に、日本全国の食文化を記録した「日本の食生活全集」(農文協)という書籍に出会い、現在使われていない調理法を試していったそうです。その時に試したのが、先に紹介した「あめのうおご飯」。

羽釜で炊いたあめのうおご飯。良い香りが立ちのぼります!

 

これは、もともと農家さんが新米の収穫とビワマスの捕獲の時期が重なった時期に、“出会いもん”として食べるもの。普段湖の深いところに生息しているビワマスが、秋の産卵時期だけは、水面近くまで上がってくるからなのだそうです。

「“あめのうおご飯”は、うちの自信作ですね。ビワマスは、ストライクゾーンが広い魚。海外の方にも受け入れられやすい湖魚だと思っています」

 

「あめのうおご飯」は、食べ方にも極意あり。炊きたてほやほやのビワマス混ぜご飯は、まずそのままいただきます。臭みも全くなく、しっかりとした旨味が感じられるお味。その後は、だし醤油漬けや胡麻漬けをご飯に乗せて、味変を楽しみます。

そして最後は、土瓶に入ったお吸い物をそそいで茶漬け風に。薬味を添えて、さささっと胃袋に注ぎ込んで、ごちそうさま。満足度高し。毎日食べたくなる、美味しさです。

 

あめのうおご飯も「滋賀料理」らしく、当時の食べ方にアレンジが加わっています。特に、沖島の地元の漁師さんが教えてくれた湖魚の食べ方が参考になったそうです。

「“じょき”という、鮒の刺身の食べ方。沖島では釣れた鮒を、皮を剥がずに骨も抜かずに、そのまま包丁で細かく刻んでしまうそうなんです。切るときにじょきじょきと音がするから“じょき”。不思議なことに、小骨が全く気にならず、コリコリして歯ごたえもあり、本当に美味しいんですよ。他にも、鮎は干すと旨味が増すとか、鯉はニンニクをたっぷり入れて炊くと美味しいとか……。近江八幡に長いこと住んでいるのに、なんで知らなかったんだと目から鱗でしたね」と川西さんは楽しげに笑います。

 

湖魚の仕入れ先だけでなく、沖島の漁師さんだけが知っている、島以外には出ていない湖魚やその食べ方についての知識。沖島と関わりの中で知り得ていくのは、とても面白く有意義だったと川西さんは続けます。「地域の食文化への理解がより深まっていくのを感じました」

 

 

滋賀の「鄙び」には、料理人が守るべき豊かな食文化がある

 

川西さんが、「滋賀料理」を追求する上で大切にしている言葉があります。それは「鄙び(ひなび)」です。「雅び」の対義語でもありますが、この言葉には、滋賀県の魅力が詰まっているというのです。日本料理としての京料理のように華やかで見目麗しいものは多い……いっぽう滋賀料理はそうではありません。これは否定的な意味ではなく、別の美しさがあることを伝えたいと話します。

 

「例えば暮らしで考えてみても、滋賀県には都会のような刺激は少ないかもしれないけれど、住み心地はいいでしょう? 身近にある自然や琵琶湖の風情や香り、当たり前にあるものが豊かで美しい。もしかするとそれは、豪邸に住まうよりも贅沢なことかもしれません。『鄙び』は、本来は朽ちていくものを指す言葉ですが、そういう『自然体の美』をたくさん持っていることは豊かさにつながるのではないかと私は思うのです。そして滋賀という地域の魅力は、食にも当たり前のように溢れている……、それを私は『鄙び』という言葉で表したいんです」

 

また人が幸せに生きるために、食が担っている役割は非常に大きいと川西さんは続けます。

「『文化』は、心のものを満たすもの。これがなくても生きてはいけるように見えますが、文化がないと人間は豊かにはなれません。私が求める食の『文化』と『鄙び』は連動しています。食は人を幸せにするには、一番近いアイテムじゃないですか。だって人は1日に3回食事をするし、その1回1回が幸せな食事であれば幸せなことですし、それがずっと続けば、最終的に幸せな人生だったな、になりませんか?(笑)。人間に必要な要素『衣・食・住』のうち、『食』を担う料理人は、重要な文化の継承人ですよ」

 

食文化だけでなく、仏教や神道にも造形が深く、近年では精進料理にも深い関心を寄せている川西さん。食を通して豊かさをどうつくるか、が今のテーマだとも話されていました。進化継続中の「滋賀料理」を、近江八幡の地でぜひ一度ご賞味ください。地産地消の旨味が、今日の心を満たしてくれることでしょう。

 

Information

ひさご寿し

滋賀県近江八幡市桜宮町213-3Google Map
営業時間:11:00~21:00
定休日:火曜日
TEL:0748-33-1234

ホームページ / Instagram / Facebook

 

※上記は2024年4月1日現在の情報となります。

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