#22 鮒寿しを食卓に届けたい。湖西の風土が織りなす発酵の食文化
料理宿「湖里庵」

これまでの概念をガラッと変える、出会いを生み出す鮒寿し。200年以上続いている「鮒寿し 魚治(うおじ)」の七代目当主・左嵜謙祐(さざきけんすけ)さんが生み出す鮒寿しは、初代からの製法を守りながらも時代に即した新しい味わいが魅力の一つです。一日一組のみ宿泊可能な料理宿「湖里庵」でいただける、予約必須の「鮒寿し懐石」に込められた想いを伺いました。

 

 

滋味深い鮒寿しに出会える、湖畔の料理宿

 

鮒寿しのパスタ、氷魚(ひうお)の先付け、鮒寿しの茶漬…。カウンターにひとつずつ並ぶ、目の前で丁寧に盛り付けられた一品たち。

 

「近江地方に伝わる鮒寿しは最古の寿司と言われていて、まさに琵琶湖の風土を伝える食べ物です。クリームに合わせると、まるでチーズの香り。鮒寿しは、海外では和のチーズとも呼ばれているんですよ。このまろやかな乳酸発酵が、“本物”の鮒寿しの味わいなのです。」

 

料理の魅力をより一層引き立ててくれるのは、料理ごとに添えられる、七代目・料理人の左嵜謙祐さんの美味しい薀蓄。鮒寿しを主役にした、四季折々の変化をみせる「鮒寿し懐石」は、琵琶湖で捕れた新鮮な魚をいただけるのが醍醐味です。

 

「提供するメニューは、鮒寿し懐石のみ。昔は海の魚や鮒寿しのないコースなど、複数のメニューを提供していましたが、ここでなければ提供できない料理を追求したらこうなりました。鮒寿しの面白さを存分に堪能してください。」

 

カウンターとテーブル席は、合計10席ほど。全面ガラス張りの窓から見えるのは、風に寄り添って静かに打ち寄せる、広大な湖畔の風景です。「景色も含めて、食文化。そのためにどの席についても、琵琶湖が望めるようにしたかった」という左嵜さんの粋な計らいによるもの。この絶景も、味付けの一つといえるでしょう。

 

 

作家・遠藤周作も愛した、江戸時代に栄えた港町で育った鮒寿しの味

 

料理宿「湖里庵」があるのは、港町・海津。京都と日本海のちょうど中間地点に位置する歴史が残る町です。その歴史は、平安時代の武将・源義経にまつわる本にも残されているほど。風や波から家を守るために延々と続く石積みには独特の風情があり、その美しさから、重要文化的景観地域にも選ばれています。相当に栄えた港町であったため、加賀の前田藩もこの町の半分を飛び領地として所有していたこともあるのだとか。

 

「初代の左嵜治右衛門は、魚屋でした。創業の天明4年には、冷蔵庫はもちろんありません。特に川魚は足が速く、保存するために鮒寿しや佃煮に加工するように。うちの鮒寿しは蔵持ちの菌で二冬かけてじっくりと発酵させます。佃煮は味付けで決まりますが、鮒寿しは乳酸菌と作り手によって味がまるで変わるんですよ。」

 

昭和30年代頃まで、多くの商業船が停泊する宿場町として栄えた海津。『魚治』という店を構えて販売していた鮒寿しや佃煮は、お土産として、他県の方が持ち帰るようになりました。柔らかな酸味と旨味がギュッと凝縮した『魚治』の鮒寿し。他にはない味わいだと評判となり、次第に鮒寿し屋として各地で名を知られるようになります。

 

また、『魚治』では魚屋と加工業に加えて食事処を併設した宿を行っていました。この料理宿が、今の「湖里庵」の原型となっています。そして、「湖里庵」にまつわる話で特徴的なのが、作家の遠藤周作との関わりでしょう。

 

遠藤周作が、初めて食べた時の鮒寿しのイメージを払拭しようと、“この店の鮒寿しが美味いらしい”と人づてで聞いて店を訪れ、それ以来気に入って何度も通うようになったそうです。

「当時は、『魚治の浜の家』という名前の宿で営業していたのですが、ある時遠藤先生が名付けを申し出てくださって。ありがたくも先生の名前『狐狸庵』と同じ読みである『湖里庵』をいただくこととなりました。」

 

なんとも、風情とユーモアのあるエピソードですよね。

 

 

蔵の中で父親の背中から学んだ、感覚を引き継いで

左嵜さんが7代目として跡を継いだのは、28歳の頃。前代であるお父様の早い他界によるものでした。

「父親からは手仕事として習っていましたが、経営に関しては難しかったですね。同業種の会合は、50代、60代の方ばかりでギャップもありました。」

 

会う人会う人に、“若いのにかわいそうや”と言われ、その言葉に疲れ、思わず年齢を30歳だと年上に嘘をつくこともあったそう。

「世間からのイメージと自分自身のギャップを一生懸命に埋めていたのが、30代。父の代わりとして求められていることに必死に答えていました。土地のことや食材のこと。技術の見直しに力を入れる日々。今となっては、早くスタートを切れたことがよかったと感じています。」

 

魚治の鮒寿しは、2年熟成。通常よりも1年長い漬け込みをします。このおかげで菌が落ち着き、発酵による酸味だけでなく旨味も生まれるのです。菌を管理する、守(もり)と呼ばれる蔵のお世話が、鮒寿し作りにとって大切な仕事になります。

「蔵の中には、湿度計はありません。今日は温度高いな、この香りやと守をせなあかんなと、桶の表情や菌の機嫌がいいか悪いかを判断するのは、経験と感覚がすべて。2年後の着地点を想像して、どれだけ丁寧に手入れを施すかで、鮒寿しか美味しくなるかどうかが決まるんですよ。」

 

子どもの頃に、父親と過ごした夏休みがいい経験になっていると左嵜さんは話します。

「小学校の夏休みの宿題に出された家の手伝いとして、ラジオ体操の後、蔵の中にある桶の水を、全部変えておいてと父に頼まれました。魚は、7月の前後につけ込むので、夏休みの時期は一年の中で一番気を使うタイミング。桶の数も多いし、発酵もしているので、子どもの頃は正直嫌でしたね(笑)。でも今となっては、普段ゆっくりと過ごせない父親と肩を合わせて作業していた大切な時間。この時、しらずしらずに身に着けた感覚が今に生きていると感じます。」

 

 

無くなったことで見つけた、これからの湖里庵のあり方

 

大きな分岐点となったのが、2018年。「湖里庵」が、台風で全壊するという被害に遭ったのです。表現の場を無くした左嵜さんに、ダイニングスペースを使う料理人さんを探していた滋賀県大津市の宿が、“この場所で「湖里庵」をしてみませんか?”と手を差し伸べられたそうです。

 

カウンターで提供するスタイルの店構え。ここでの2年間が、今につながる大きな経験になっていると左嵜さんは話します。

 

「湖里庵では、調理場で仕上げた料理を座敷に運んで食べていただいていたので、カウンター提供スタイルは初体験でした。お客さんと会話しながら、手を動かすということの難しさを体感しましたね。大津の宿では琵琶湖が望めなかったので、その分一層、琵琶湖の魚にこだわった料理を提供するように。土地のことや食材のことも学び直し、お客さんに伝えることにも注力しました。お客さんの反応に手応えを感じ、次第にこのスタイルが自分のやりたかったことかもしれないと考えるようになりました。」

 

2021年に再建されて、新しく生まれ変わった湖里庵。朝から夜まで、琵琶湖の移ろいが五感で体感できる客室の窓。宿泊を受け入れるのは、一日一組だけ。再建に際して心がけたのは、宿泊客が思い思いの時間を過ごせる場所と時間の提供でした。

 

「コロナ禍で社会が形を変えていくなか、湖里庵をどう残すことがいいのかと考える機会になりました。壊れたからただ元に戻すのではなく、次に残せる形で食事処も宿も新しく作り直すという意気込みで、改修に取り組みました。」

 

 

外で食べる伝統料理にせず、家で楽しめる家庭料理にしたい

鮒寿しは伝統食ではなく、もともとは家で食べられていた家庭食。お土産として好評なのが、鮒寿し懐石のシメを飾る「鮒寿し茶漬」です。口に運ぶと、ほのかな酸味に旨味たっぷりの昆布出汁がマッチした、どことなく懐かしさすらある優しい味わい…。鮒寿し茶漬は、地域に昔から残る鮒寿しの食べ方で、これを現代の食卓へ戻していくために、左嵜さんはメニューとして復活させました。「嗜好品にしてしまわず、もう一度食卓に戻る手助けをするのが料理人の役目だ」と左嵜さんは話します。

 

「伝統食と呼ばれていたとしても、片足はしっかり食卓に置いていたい。鮒寿しの敷居を高くせず、お茶漬けくらいならできそうだと、気軽に食べてほしいです。鮒寿しの作り手を引き継いだ時に、歯車になりなさい、という言葉をもらいました。歯車になれというのは、地域の伝統食文化として次の時代に渡していくために、考え続けろということだと私は受け取っています。なんて固い言葉なんだと若い頃は受け取っていましたが、大人になると、よくできた言葉だなと思いますね。時代が変わるにつれて、受け手も変わります。鮒寿しの提供の仕方も、お客さんの置かれる食文化に合わせる必要があります。家で食べてみたいと言われる鮒寿しを目指して、これからも作り続けていきますよ。」

 

全て、この風土からの授かりもの。時代が変われど、変わらず真っすぐ進むために、舵を取り続けていくことの大切さ。“出会いの鮒寿し”が教えてくれる土地の食文化を、さあ美味しくいただきましょう。

 

Information

湖里庵

滋賀県高島市マキノ町海津2307Google Map
定休日:火曜日、第1・3水曜日
TEL:0740-28-1010

ホームページ / Instagram / Facebook

 

※上記は2023年1月1日現在の情報となります。

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