#06 山麓に佇む日本の原風景。
アナログから贅沢を感じる「畑の棚田」

滋賀県高島市にある「畑の棚田」。素晴らしい景観・文化を持ち、「日本の棚田百選」にも選ばれたこの場所は、数々の映画やドラマ、テレビ番組の撮影地になっています。

 

まさに日本の原風景ともいえる棚田の魅力について、今回、実際にこの土地に住む2人の方にお話を伺いました。

 

人の営みが紡ぐ、黄金色の棚田

畑地区があるのは高島市中心部から南西に車で約20分ほど入った、比良山系の北山麓。『畑』という地名の由来は「奥まった」との意味あいから来ているようで、まさにその通り、流れる川に沿って分け入った山麓に位置しています。

ほどよく手入れのされた自然、人の営みが見える棚田の風景はやはり一見の価値あり。

 

急峻な土地にいびつな形状の田がいくつも積み重なる独特の景観を見れば、ここが百選に指定された理由も分かります。黄金色に実った稲穂がこうべを垂れ、あたりには作業をする農家の皆さん。私たちが訪れた9月上旬は、ちょうど稲刈りが始まった時期でした。

はじめにお話を伺ったのは、畑棚田保存会の林秀雄さん。

 

「畑地区は歴史も長く、室町〜鎌倉時代には『ムラ』があって、平安時代にはすでにこの地に人が入っていたのではないかと伝わっている」そうです。

 

また「主要な川は4本しかなく、それ以外は水量わずかな谷水をうまく水路へ流すことで水田の水を確保している」ようで、先人たちの知恵と工夫、そして努力がこの棚田を形作ってきたといいます。

 

「日本の棚田百選」に指定されて

平成11年、畑の棚田は滋賀県から唯一「日本の棚田百選」に指定されます。

 

「棚田の形状や風景が良かったということらしい」と笑顔で話す林さん。「指定をきっかけに人が外から入ってくるようになった。観光地というほどのことではないが、写真を撮ったり、絵を描いたりしておられます」とのこと。

そして、昔ながらのこの風景は映画やテレビ関係者の目にも留まり、『男たちの大和』をはじめ数々の作品の一場面として、幾度となく撮影が行われてきたようです。

 

「今もときどき、ドキュメンタリーのスタッフが来ているみたいですよ」とのこと。

 

畑の棚田のこれから

近年、畑の棚田は縮小傾向にあり、最盛期には15ヘクタールほどあった面積も「耕作の放棄された田んぼも出てきて徐々に小さくなっている」と林さん。現在、地区内に未成年者はなく「地域の方の高齢化とそれに伴う人口減少が課題」だそうです。

平成12年からスタートしている「棚田オーナー制度」も、残念ながら今回のコロナ禍では募集停止に。棚田の保全には、長期的な計画や人の流入(=定住・移住)を進めていくことが必要だと林さんは話します。

一方で、地域の方の取り組みには林さんが期待をするものも。

 

「農家民宿の『棚田ハウス』のように観光が主たるものであっても、まずは外部からの人を受け入れられる場所、そしてSNSなどで外部への発信を続けられる拠点があることは良いこと」と林さんは話します。

 

「私自身『こうでないとダメだ』という考えではないので、視点や発想の違いは勉強になっている。いろいろなアイデアを取り入れながら頑張っていきたい。」

オーナー制度や林さんを中心とした地元の方々の取り組みをきっかけに、この美しい棚田がこれからも長く守られることを心から願いたいと思います。

 

 

昭和レトロな農家民宿「棚田ハウス」

続いて私たちは、「棚田ハウス」へやってきました。そう、先ほどの林さんのお話にも出てきた施設。こちらの代表を務めていらっしゃるのが、次にお話を伺った方、橋本昌子さんです。

2018年オープンの宿泊・食事・体験ができる施設。和室2部屋・洋室2部屋を備えた一棟貸しタイプの宿で、お休みの際はベッド・布団どちらにも対応可能です。

 

昭和レトロをコンセプトにし、「年配の方はノスタルジーを、若い方には可愛さや新鮮さを感じてもらえれば」と橋本さん。レコードやテレビ、ポスターに装飾品まで、あらゆるものがタイムスリップしたかのようなアイテムで揃えられています。

今回私たちは、いくつかある体験プランのひとつ『竃ご飯体験』を実際に行いました。まずは薪割りをして、竃で炊き上がるご飯を待ちます。使うのはもちろん畑の棚田米です。

同じく棚田米から作る『畑の味噌』で仕立てた優しい甘さの味噌汁に、発酵の酸味とピリッと辛みも効いた畑地区で愛されるお漬物『畑漬け』を添えて、おにぎりにして頂きました。

 

小粒ながら糖度が高いのが畑の棚田米の特長。朝晩の寒暖差があること、生活排水の入る余地のない綺麗な水を得られることが、美味しいお米に育つ秘訣だそうです。

 

のんびりを求めた移住組

橋本さん、実は約15年前に畑へやってきた移住組。富山県生まれで、進学を機に京都へいらっしゃったそう。ご主人も京都の方であり、元来は畑地区とゆかりがあったわけではないといいます。

 

「元気なうちにのんびり田舎暮らしをしたいということで、京都の自宅とは別の場所に居を構えようと思ったんです。主人に誘われるがままいろいろなところに連れられるうちにここに来たんですが、そのとき私が『来たことがある!』という感覚になり、そのデジャヴによって『じゃあここで』と決まりました」

 

自動販売機もない集落にもかかわらず、腰に手を当ててコーラを飲んだという記憶(?)があるそうですから、なにか不思議な縁があったのかもしれません。

畑のご自宅は「この地域の住居と違和感のないように」と、地元の大工さんにお願いして建てたそうです。

 

「初めは京都から週に1回くらいの行き来をしていたんですが、ジャムづくりをするようになってからは半々くらいのバランスになりました」と橋本さん。

 

そして2018年にオープンした棚田ハウスも、こだわりの造りとなっています。10年間空き家だった家屋をセルフビルドで改修し、昔懐かしさと趣のある、ゆったり落ち着く「田舎の家」風に仕上げたそうです。

 

何もない贅沢を味わえる場所

畑の魅力は「何もないところ」だそう。

 

「人工の音がなく、夏はカエル、秋は虫の声。カエルにしたって、夜になれば4種類も5種類も感じられるんです」自然の良さを説明する橋本さんはさらに続けます。

 

「冬になって雪が積もれば、天気の良い朝には比良山系で『モルゲンロート(※)』が見られます。来てみて寝起きしないと分からないことなので、ぜひ何度も足を運んでほしいです」

※夜明け前、昇り始めた太陽の光を受けて山肌が赤く染まる現象を指す登山用語

「都会はモノがありすぎて、何が宝物かもわからなくなる。空気ひとつにしてもおいしいし、自然を大いに感じられる。何もないということが、それだけでどれだけ贅沢なことかというのをここにきて体感してほしい」

 

田と家の共存、人の営みが見える棚田を残したい

この地の魅力を伝え、少しでも長く残していきたいという橋本さんは、自作の果実などを使った『棚田ジャム』でむらおこしをしようと考えました。水やり・世話・収穫までひとりで手づくりしているため大量生産こそできませんが、評判が広がり着実に認知を高めてきています。

そして2020年、橋本さん夫妻が中心となった『せぎなお会』という棚田保全のための有志グループが発足しました。滋賀県とも連携し、持続的な地域づくりを目指して市の内外から会員を募り、地域の方とも力を合わせて棚田の維持に努めています。

 

「生活のための米を育てるのに最適な場所に田を作り、その周りには家が点在している。田と家が共存した、人の営みが見える風景こそがここの魅力であり、その価値にもっとスポットを当てるべきなんです」と橋本さん。

「たまにでもいいからここに来て、田舎の生活、里山の自然、なにもないことの贅沢を楽しんでほしい」

四季折々の美しい景色、素晴らしい自然を体感できる「畑の棚田」。

 

このような貴重な場所が近くにあることは本当に幸運なことですね。皆さまもぜひ、この贅沢な日本の原風景を感じにいらしてみてください。

Information

棚田ハウス

滋賀県高島市畑497-1(Google Map
TEL:0740-20-5230
営業日:通年
ホームページ / Instagram

 

※上記は記事公開時点の情報となります。詳しくは施設HPや公式SNSにてご確認ください。

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