#35 ここにしかないアート体験。
甲賀市にある福祉施設「やまなみ工房」から知る、ありのままであることの大切さ

「やまなみ工房」は1986年に開設された滋賀県甲賀市にある福祉施設。運営する社会福祉法人やまなみ会は、利用者さんが一人ひとりの生きがいや充実感を深められるよう、さまざまな活動に取り組んでいます。
建物同士を緩やかにつなぐ道。緑が溢れる敷地内に流れる、穏やかな時間。制作アトリエの他にも、ギャラリーやカフェ、ショップやライブハウスなどがあり、誰でも訪れることができます。

 

ぜひ参加してほしい! アトリエ見学

 

独創的なアート作品やアパレルブランドとのコラボレーションなど、さまざまなメディアでその活躍を目にする「やまなみ工房」。どのような施設なのか、甲賀市の山上にある工房に足を運びました。

 

工房に車で到着すると見えてきたのは、広い敷地に立ついくつもの建物。なかでもひと際目を引く4階建ての建物が「アートセンターやまなみ」。作品を制作するアトリエやスタジオのほか、1階に誰でも利用できるカフェがある、2020年に完成した新しい施設です。各フロアにはデベッソ、ビーチク、サコッツなど身体の部位をモチーフにした名前がつけられており、そのユニークなネーミングセンスに思わず微笑んでしまいました。

 

まずご案内いただいたのは、楽しみにしていたアトリエ見学(※事前予約が必要。詳細はこちら)。約90名いるという利用者さんの制作風景を見学できるツアーです。

 

「アートセンターやまなみ」の3階のアトリエに入ると、利用者さんのブースが点在しています。静かな空間の中で、机や床に向かって夢中で何かに取り組んでいる利用者の方々。その真剣な眼差しの先には、絵具でカラフル彩られたものや鉛筆で細やかに描かれたもの、粘土で創作されたものなど、十人十色の創造の世界が広がっていました。

 

「岩瀬さんは女性を描くことが多いです。モチーフが決まると彼独自の視点で、ペンを用いて人物や動物などを紙面いっぱいに、ゆっくりと描きこんでいかれるんですよ。森さんは、音楽を聴きながら、ジャズやクラシックなど音響空間を可視化するドローイング作品を作られています」

スタッフの方が利用者さんと会話を交わしながら、作品と作風を紹介してくださいます。利用者さんも訪れた私たちに、作品の特徴を伝えてくれたり、挨拶をしてくれたりとフレンドリーな雰囲気です。

 

階段を降りて2階に移動。こちらは賑やかに話をしながら制作をしたい方向けのアトリエフロアで、寝転がって制作する人やソファですやすやと寝ている人もいて、なんとも自由な雰囲気。

 

「80歳の井上さんは最年長の方。床に紙を広げて10Bの鉛筆で描かれます。10mの長さのロール紙を3ヶ月かけて仕上げます。こちらの、ファッション誌に落書きを施す吉田さんは、やまなみ工房のパンフレットの表紙に使われたこともあります。彼独自の感性と色使いで描かれた落書きには、独特のセンスで、海外のファッションブランドにも起用されているんですよ」

 

別棟のこっとんルームには、糸や布を扱う作品をつくる女性の利用者さんが多く所属しているアトリエ。たくさんのボタンの玉を制作している方がいました。

「この方は、あるTV番組が大好きで、それに登場するキャラクターをイメージしたボタンの玉を作っています。それぞれに名前がつけられていて、一つでもどこかに行くと一日中探し回るくらい。彼女にとって、思いがある作品なんです」

 

エネルギーに溢れた作品たちは、個性豊かでユニーク。粘土・絵画・刺繍など、約90名の制作方法も、求める環境もそれぞれ。作品は日本や海外のギャラリーで展示され、中には数百万で取引されたり、何十人も予約待ちになっている人気作品もあるのだとか。ありのままに創造された作品からほとばしる強い生命力に、ただただ圧倒されました。

 

やまなみ工房の活動で大切にしていること

 

「制作経験のない方も、やまなみ工房に来られます。周りの方の創作活動に影響を受けて、作品制作を始めることも多いです。利用者さんには担当スタッフが一人ひとり付いて、その方の好きなことや得意なこと、興味のあることをしっかり観察します。例えば、ボタンを押す行為が好きな人は、何かスタンプにするといいんじゃないか?とか、その人の興味のあることにヒントを得てアプローチをしてみます。自分の得意なことや好きなことが形になっていくと、本人たちも喜んで制作に集中するようになります」と話すのは、施設内にあるカフェ・デベッソのスタッフ戸田理恵さん。

カフェが誕生したのは2020年7月。それまで戸田さんは福祉従事者として勤め、やまなみ工房でも13年間利用者さんと触れ合っていた方です。

 

「私たちスタッフは、利用者さん一人ひとりの思いを大切にしています。どうすれば幸せを感じられるか、笑顔が増えるかを常に考えています。それに付随するものとして、作品づくりがあります。作品を作ることだけが目的でここにいるわけではなく、楽しく過ごす中からオリジナリティのある作品が生まれてくるのです」と戸田さん。

 

制作現場だけでなく、敷地内全体に流れていたのは自由な雰囲気。通りすがりに挨拶をしてくれる利用者さんもいました。戸田さんに取材をしていると、利用者さんが戸田さんとコミュニケーションを取りに来るということことも。「勤務がカフェの方に移ってから、制作現場の方に顔が出せていないので、利用者さんと関われる時間が減ってしまい寂しいです」と戸田さん。お互いの間にある信頼関係が感じられます。

ここでは、どんな自分でも受け入れてもらえる安心感があるのかもしれません。

 

「ここでは正解も間違いもありません。本人がこれでいいと思えば、いつ制作を終わりにしてもいい。これはだめだと誰も言いません。それが嬉しくて次の制作への意欲につながっていたりするのかもしれませんね。褒められることって、誰でも嬉しいことだから。その人らしくいられる場所があって、自由にのびのびと表現できる。熱中することを世に発表して、それが生活の糧にもなり生き甲斐につながっていく。こんな素晴らしいことはないと思います」

 

フィルターを取り除いて、単純に楽しんでもらえたら

福祉施設という固定概念を取っ払って、より身近に感じてもらいたいという思いから、敷地内はオープンで誰でも来られる環境です。もちろん散歩だけでもOK。
デベッソでランチやカフェを楽しんだり、食後にはショップやギャラリーで作品を眺めたりと、ゆっくり過ごせる空間です。元気になりたい方にはアトリエ見学もぜひ。ライブが開催されることもあり、やまなみ工房の活動に共感するさまざまなアーティストが訪れています。

 

また、2022年5月には お菓子工房 IROTUYA がオープン。お菓子工房を運営するのは、就労継続支援B型事業所ゆとりあで、社会福祉法人やまなみ会の系列施設です。

竹炭と天日塩を織り交ぜた生地のクッキーに、マーブル模様のアイシングで仕上げた「黒角」とローズマリーを練り込んだ生地に季節の花びらを散りばめた「黒丸」がメイン商品。他にも焼き菓子やクッキーなど、おもたせとしても喜ばれそうです。

 

「そのものの美しさや美味しさをシンプルに体験してほしい、という思いが私たちの根底にあります。やまなみ工房を知ってもらうためのきっかけとして、カフェやギャラリー、ライブハウスがあります。自由な感覚で作られたものたちを、ありのままに、自由に楽しんでいただけたら」と微笑む戸田さん。

 

作品そのものの力強さはもちろんのこと、ありのままでいることの大切さを気づかせてくれる、オープンな福祉施設。取材に応じてくれたスタッフさんからも、利用者さんに安心できる時間と空間を作ろうとしているスタッフの心意気もひしひしと伝わってきました。

 

その人らしさを消さないという、やまなみ工房に一貫している思い。そのままでいいよ、から生まれる表現に、慌ただしい社会の中で生きる私たちも気づかされることがあるかもしれません。

 

Information

やまなみ工房

滋賀県甲賀市甲南町葛木872Google Map
TEL:0748-86-0334
営業時間:見学・カフェ・菓子工房それぞれ異なります。詳しくはHPをご確認ください。

ホームページ / X / Instagram / Facebook / YouTube

 

※上記は2023年10月1日現在の情報となります。

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