#34 木工職人とパティシエが20年間紡いできた、里山の木造校舎での日々。
「mamma mia(マンマミーア)」という在り方に触れる

「将来は自然が近い場所でカフェとアトリエを開きたい」、そんな夢を持つ方も多いのではないでしょうか。マンマミーアは、20年前にその夢をまさに形にしたようなギャラリー&カフェスペース。木工職人の川端健夫さん(夫)と、パティシエの川端美愛さん(妻)が活動する、木工の手仕事と地場の食材を取り入れたスイーツがコラボする、優しい場所を訪れました。

 

2004年にオープン。里山の古い校舎に、2人の夢を乗せて

 

車窓から望める、小麦色の田園風景。JR甲賀駅から車で約10分ほど、田んぼ道から小高い丘を少し登っていくと、小さな木造校舎が見えてきます。背の高い木に囲まれた廃校のそばに車を停めて外に出ると、ふわりと吹き抜ける風。素朴な美しさを放つ「マンマミーア」の前に立つと、どこか知らない町にやってきたような気持ちになります。

 

「いらっしゃい〜、どうぞどうぞ」と、ほがらかな笑顔で出迎えてくれた健夫さんと美愛さんご夫婦。甲賀の自然豊かな里山で、廃校を自ら改築して「マンマミーア」を運営されています。
中に入ると空間の仕切りはほぼなし。健夫さんのギャラリー・ショップ「gallery mamma mia(ギャラリー マンマミーア)」、美愛さんの開くパティスリー・カフェ「patisserie MiA(パティスリー ミア)」が隣り合っています。離れには健夫さんの木工アトリエも。校舎の窓から見えるのは、広やかな田園風景。ずっと眺めていたくなるような、ほっと安らぐ時間が流れています。

 

「この風景にひとめぼれしちゃったんですよね、絶対ここがいいって」、と美愛さんは微笑みます。2人がこの地にやってきたのは、約20年前。どのような物語があったのでしょうか?

 

2人の出会いは就職先の農事組合法人。農業を志していた健夫さんでしたが、職業訓練で木工技術を学んだことで知った師匠の作品に惚れ込み、木工職人を目指すように。同じ頃、美愛さんはパティシエを志していました。

将来は独立してお店をやりたいねと、それぞれ東京で修行を積む日々……。もともと自然の中で育った2人は、いつしか都会の暮らしに疲れていきます。移住を考え出した頃、知り合いからのご縁でこの場所に出会います。電気もガスも通っておらず、窓ガラスも地元の子どもが石を投げて割って遊んでいるような状態でした。

 

「こんなぼろぼろの場所でどうするんだと途方に暮れました。当初、親には泣かれましたね(笑)」と健夫さん。そんな条件よりも何よりも、疲れた2人を癒してくれたのはこの風景でした。“お店も工房も持てるし、裏は自宅としても住める、ここでやっていこう”。こうして、2人のチャレンジが始まります。

 

「壁も抜けて天井が丸見え、積もった埃で床が見えませんでした。窓もなかったのでかなり暗い状態で、もうお化け屋敷でした。まずは掃除からスタート。室内で寝泊まりしながら、キャンプのような日々でした。今振り返っても、改修の時がいちばん辛かったことかもしれません(笑)」

 

電気設備は友人の父親に、専門的な部分は現役引退した大工さんに、手伝ってもらいなんとか完成。2003年に移住してから、半年かけて改修、そして2004年7月にオープンします。

 

「パティスリー ミア」は、最初の1年は美愛さん一人で運営していました。2006年に子どもが生まれてからは、健夫さんはトランシーバーをつけて、子どもが泣いたら駆けつけたり、お客様に提供するためのコーヒーを落とす係をしたりと、アトリエとカフェの往復で大忙しの日々でした。

 

 

古民家を改装した店づくりは、まだまだ前例のない時代。噂を聞きつけて、メディアなどにも取り上げられるようになり、不安と緊張のなか始まった「マンマミーア」は、次第にファンを増やしていきます。

 

木工とパティシエ。それぞれのものづくりへの変化と融合

 

ギャラリースペースには、健夫さんの木工が並んでいます。当時健夫さんは、造形的に尖ったデザインを好んでいましたが、子どもができてからだんだんとものづくりの趣向が変わっていったそうです。その大きなきっかけが、ベビースプーン作りでした。

 

「自宅出産でした。生まれてからすぐにシロップを飲ませるのですが、助産師さんに、木工をやっているなら、ベビースプーンを作ってみたら?と言われたんです。昔はどこにもないような木工作品を作ることを目標にしていたのですが、自分の子どもに使わせるものを作り始めた時に、持ちやすいようにしたほうがいいなとか、丸くしようかなとか、実用性を考えるようになったんです」と健夫さん。

 

丸みを帯びたスプーンは、愛らしいフォルム。一つひとつ手作業で彫られた匙部分は、口当たりが驚くほどなめらか。スープや汁物などがすくいやすく仕上げられた浅い広がりは、少しでも使いやすくしたいとの健夫さんの心遣いです。『取り分け匙』は、ヒールのような形が特徴。お皿の縁にも引っかけられ、置いた時に転がらないような仕様。細部の意匠に健夫さんらしさが溢れています。

 

「私たちは、定番のものを丁寧に作ることに徹底しています。素朴な中に、自分たちのこだわりが感じられるものを届けたいんです」と美愛さん。

 

美愛さんが提供するスイーツは、いわゆる“焼きっぱなしのもの”。顔の見える有機農家から材料を仕入れ、自然に寄り添ったスイーツ作りを行っています。「シンプルなスイーツには、材料が命。素材が悪いとやっぱり美味しくないんです。技術は素材を最大限に生かすためにあると思っています」

 

おもたせとしても人気なのが、コンフィチュール。いちご+フランボワーズ、洋なし+黒こしょうなど、新鮮な旬の素材にハーブやスパイス、お酒などが組み合わされています。ペクチンなどの食品添加物はなし。子どもも安心して食べられます。

 

「コンフィチュールの面白さは、お菓子以外にも活用できるところ。ソースやドレッシングに混ぜるなど、日常の料理にも使ってもらいたいです。私もコンフィチュール作りが一番楽しいかも。レシピがあるようでない、自由。その時の素材の味を確かめて、毎日のお料理感覚で楽しみながら作っています」と美愛さん。

 

『miyaccoシュークリーム』も絶品!甲賀市内にある成田牧場の牛乳を使用したもの。この辺りは旧称「宮村」であり、この地の子どもたちを「みやっこ」と呼んでいたことから名付けられています。低温殺菌の牛乳を使ったクリームは優しい甘さ、ぜひ頬張っていただきたいです。

 

カフェでは今後ランチも復活させたいとのこと。もちろんカフェで使われている器やカトラリーは全て健夫さんの作品です。「器を派手にする必要はない、そのままでもご飯は十分美味しいからね」と健夫さん。お互いのものづくりが作用し合ったコラボレーションは、カフェで過ごす時間を優しく満たしてくれます。

 

「文化の発電所」の種火として。これからは地域のためにも

 

マンマミーアのコンセプトは、「文化の発電所」。マンマミーア・ギャラリーは、ものづくりや手仕事仲間が集まる空間となっています。陶芸や絵本など、これまで展示した作品は多種多様。2人が感銘を受けた作品を展示する、そんな企画展を重ねるうちに、人が人を呼び、つながりあって、さまざまな交流を生む接着点となりました。

 

「この人とこんなことをしたら面白いかなという想像が発火点です。その方と丁寧に話しながらひとつ一つの展示を作ってきました。この場所は、種火みたいなもの。僕たち自身が発電するというより、種火に共鳴した人が広げてくれている気がします。ここに来てくれた人が地元に帰って、それぞれ自分なりの発信をしてもらえるようなきっかけになっていたら嬉しいです」

 

「この場所を始めて、僕自身気づいたことがたくさんあります。若い頃、東京にいた時にはカフェに行きまくっていました。都会にいると無意識に、心をざわつかせるものがたくさんあって、ほっとできる場所を探していたのかもしれません。ここで暮らし始めて、それがなくなりました。そういう意味でもこの場所が好きだし、そういう感覚に気づいてくれる人が増えたらいいなとも感じています」

 

健夫さんの木工や美愛さんのスイーツ。そして交流の場でもあるギャラリーやパティスリー・カフェという空間。人と場所を生かして、これからはこの地域に貢献できることをやっていきたいと健夫さんは話します。

 

「僕もここで子どもを育てさせてもらったし、お店を今まで運営させてもらえているのもこの地域のおかげ。なにか自分たちなりに貢献できたらいいなと思っています。例えば地域の子どもたちを集めてキャンプをしたり、木工作りのワークショップをしたりなど、そういうことができたらなと思っています。今後は地元の方にも、この場所を使ってもらえたらいいなと考えています」

 

取材終わりには、たくさんのスイーツのおもたせを持たせてくれたお2人。“美味しいものを食べた時の顔が見たいから”、そう話していた美愛さんの笑顔が浮かんできました。

文化を醸造する受け皿のように存在するマンマミーア。ここに流れる雰囲気は、毎日使う中で手に馴染んでくるスプーンのように、手仕事が染み込んだ空間が作り上げているのかもしれません。

 

Information

gallery-mamma mia & patisserie MiA

滋賀県甲賀市甲南町野川835Google Map
営業時間:11:00〜17:00
定休日:月・火曜日
TEL:0748−86−1552

Instagram / YouTube / オンラインショップ

 

※上記は2023年10月1日現在の情報となります。

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