#10 伝統のその先を照らす灯り
革新的に光る信楽焼の窯元「艸方窯」
日本六古窯に数えられる陶磁器の産地、滋賀県甲賀市信楽町。今も150以上の窯元があり、それぞれに特徴を持った信楽焼の作品を生み出し続けています。
そのなかでもひときわ異彩を放っているのが、世界初の“光る洗面器”を開発した「艸方窯(そうほうがま)」。特許技術である新しい土を用いることで、光を通さない性質を持っていた陶器に新しい可能性と魅力を与えました。透ける陶器のおもしろさ、また陶芸の世界の魅力に迫るため、今回は「艸方窯」代表の奥田芳久さんにお話を伺ってきました。
世の中にない面白いものを作りたい
奥田さんと透ける陶器の出会いは約10年前。陶芸家として独立して以来、1回に5,60点ほどの新作をつくっては展示会や個展に出すという活動が20年以上続き、なにか新しい表現の方法はないかと模索していたときでした。「たまたま新聞記事で『信楽の窯業技術試験場で、光が透ける陶器ができた』というのを見たんです。初めは半信半疑でした。」
しかし、実際に試験場へ見に行くと本当に透けており奥田さんは大変びっくりしたそうです。
「これは面白いなあと思って取り組むことにしました。」
奥田さんは「モノづくりには時代ごとにニーズがあると思うんです」と話します。透ける陶器に出会った当時は青色発光ダイオードが話題となった時期とも重なり、省エネやエコがブームとなっていました。
「陶器にこれらを組み合わせ、世の中の役に立つ、世の中にない面白いものを作れないかと考えたのが開発のきっかけです。」
「ただ、作るのはむちゃくちゃ難しいんです」
粘土を多くしすぎると光が透けなくなるし、粘土が少ないと切れたり形が崩れたりしてしまう。毎日作ってはデータを取り、どうやったらうまくいくか、知人である大手陶器メーカー関係者と共同研究を重ねる日々が約3年の末、やっとの思いで完成にこぎつけました。
「品物はできないし費用も掛かり続けたが、歯を食いしばって頑張った。『失敗しても絶対諦めたらあかん』と改めて思いました」と奥田さん。苦労の末にポンと成功したときの感動はいまだに忘れられないそうです。
そもそもなぜこのように陶器が透けるのでしょう。実は、光ファイバーに使われる素材・シリカを原料の中に配合することでそれを実現しています。その他にも化粧品に使われるような素材を用いており、原材料となる土自体、非常に高価なものなのだそうです。
したがって、どうしても市販の洗面器と比べると価格帯が上がってしまうのですが、買ってくれた方は皆さんとても気に入り、喜ばれているといいます。
伝統は革新の連続である
大阪生まれ、もともと芸術家志望だった奥田さん。若いころは油絵を習い、二科会に所属するほどの腕前ではありましたが、なかなか絵描きとして生活していくのは難しかったそうです。「この先どうして生きていこうかなと思っていた矢先、たまたま知り合いの方より『信楽で跡継ぎを探している方がある』という縁談を頂いて、ここに来たんです」と、信楽との接点を教えて頂きました。
ちなみに滋賀に来た際の印象を伺ってみると、空気の綺麗さや水の美味しさが生まれ育った大阪のど真ん中とはまるっきり違ったとのこと。「ここにきて夜空を見上げたときに『満天の星空とはこういうことを言うんや』と感動した」そうです。
奥田家は由緒正しき家柄であり、おじいさんは信楽高原鉄道や今の国道307号線の開通、学校の講堂の建設など、とにかく信楽のために尽くした方だったそう。直系のお子さんではなくとも“奥田家の子であること”はとても助けとなり、陶芸家として独立して以降、困っているときなどにも周りの人から大変親切にしてもらえたといいます。「ご先祖さんの力。非常に感謝している」奥田さんはそう話します。
26歳の時に陶器の世界へ入り、地元で勉強をして10年後に独立した奥田さん。それ以降20年以上にわたり、会席の器を専門に作品づくりをして来られましたが、1999年にちょっとした転機が訪れます。
この年「未来の器」というテーマで開かれた信楽陶芸展において、出展した大皿が審査委員特別賞を受賞。さらに、そのときに聴いた『伝統は革新の連続である』という言葉がぐっと心に響いたと奥田さんはいいます。「伝統的なものばかり守っていても時代に取り残される」とも感じたそうで、これがのちに”光る洗面器”に繋がっていくこととなります。
「なかなかお金になることばかりではないが、伝統の行く先を照らす灯りとして革新的なことをしていきたい」
そう語る奥田さんの表情からは、未来への希望と覚悟の両方が感じられました。
奥が深く面白い、それが陶芸の世界
今回、「艸方窯」では実際にろくろを使った陶芸体験をしてきました。プログラムが常時あるわけではありませんが、お問い合わせのうえ状況によっては体験させて頂けるようです。
筆者、ろくろに初挑戦。これが見ているよりもかなり難しく、奥田さんが簡単そうにすることでもそう簡単にはいきません。指先の感覚に神経を集中させる慎重な作業。
奥田さんの手ほどきでなんとか器の形になりました。ほんの一部でしたが、ものづくりの楽しさに触れることができました。また機会があればぜひやってみたいと思います!
「コンピュータのICチップにも焼き物が使われている。半導体になったり絶縁体になったり。錆びない・摩耗に強いという特長もあって、焼きもの・陶器は非常に面白い素材」だと奥田さんはいいます。もちろんこの透ける陶器も、そのひとつ。現在、洗面器やランプシェードが商品化されていますが、使い道はまだまだあるはずだと奥田さんは考えています。
「例えば、壁面レリーフとかね。壁が光れば面白いと思うねん。」
苦労して成功にたどり着いた自身の経験もふまえ「失敗することが本当に大事」といい、お弟子さんに対しても怒ることはないそうです。「信楽らしからぬ焼き物であっても、隠すことなく教えていくことが、私のこれからの一番の宿題。修行からいずれ地元に帰って、自分の窯を開いたときに花開いてくれたらいいなと思います」と奥田さん。
伝統工芸でありつつも、それに固執することなく絶えず新しいことに挑戦する。「よそ(大阪)から来たからこそ、外部からの視点を持って客観的な目線でいられたということもあるかも」と話す奥田さんは、これからもなお、革新的なものを創造し続けます。
「陶芸の世界は『奥が深い』の言葉のとおり、階段を一歩ずつ上るような感覚だった。しかも4,50年陶芸をやってきた今、振り返って、ようやく分かることでもある」
取材の終わり際、改めて「今振り返ったら、ほんとに楽しかった」と笑顔でつぶやく奥田さん。これからも一歩ずつお弟子さんたちとともに階段を上り、楽しい挑戦と新しい作品が「艸方窯」から生まれてくることでしょう。
Information
艸方窯
滋賀県甲賀市信楽町長野925(Google Map)
TEL:0748-82-1619
営業時間:9:00〜17:00
定休日:土曜日・日曜日・祝日
※ご見学ご希望の際は事前にご連絡ください
※上記は2022年4月1日現在の情報となります。