#42 千年以上続く伝統漁法「えり漁」!
フィッシャーアーキテクトの駒井さんが日々感じる、琵琶湖の魅力
「えり漁」という漁獲方法をご存じでしょうか? 琵琶湖の湖面から突き出る多数の杭。これは「えり漁」の大きな特徴で、この杭に網をくくりつける小型定置網の一種です。この伝統漁法を1人で行っているフィッシャーアーキテクト代表・駒井健也さんという漁師がいます。日々琵琶湖に向き合っている駒井さんは、湖魚の漁獲をしながら、漁業体験や小売業など多方面に活動しています。
琵琶湖の生態系を守る、持続可能な「えり漁」を1人で!
「漁に出る日は、だいたい朝5時から出ます。漁ができるかできないかは、天気を見て決めますね。3年目になってだんだんと判断が上手くなってきました」と駒井さんは笑います。
えり漁は琵琶湖で1000年以上も続いてきた伝統的な漁法。湖岸に寄ってくる魚の習性を利用して、「つぼ」という場所に魚を誘導して、網をあげて漁獲する方法です。季節によって獲れる魚の種類もさまざま。鮎・鮒・ホンモロコなど、一年間を通して約30種類の湖魚が漁獲できるそうです。
(写真提供:アッシュデザインスタジオ)
1つのエリを構成する60〜100mサイズの網を、10枚ほどつなぎ合わせて、琵琶湖の杭の間に網を掛けて魚を誘導し、10m四方の空間に袋状の網で魚を集める「つぼ」を複数作ります。そして実際に海に出る漁獲、網の洗浄や魚の搬送、台風などで倒れた杭の調整などさまざまな作業工程がありますが、2つのエリを引き継ぎ、その全てを駒井さんが1人で行っています。
「20種類程ある琵琶湖の漁法の中でも、えり漁は待ち受け型タイプ。泳いでいる魚を捕るというスタンスで、必要な量だけを漁獲できる持続可能性が魅力です。その分、どっさり獲れる時と全く獲れない時の差も激しいという、まさに自然任せの漁法でもあります」
「琵琶湖の魅力的な風景を守りたい!」漁師の世界に飛び込んだ3年前
学生時代は建築を学んでいた駒井さんが、漁師を志したのは8年前の大学院での就活のタイミングです。国内外を旅する中でも、滋賀県の風景や環境に魅力を感じていたといいます。琵琶湖ならではの食文化や風景を守りたいと思ったことが大きなきっかけ。卒業制作のテーマを「琵琶湖」とし、そのために漁師さんへのヒアリングに行ったそうです。
(写真提供:駒井健也)
「琵琶湖に接する当事者の人の話を聞きたいと思ったんですよね。その時に、琵琶湖に毎日接している漁師さんの顔が浮かびました。ヒアリングで漁師さんの口から出る言葉は、漁師業だけでは仕事が成り立たないので、息子も継がせられないなど、行く末が心配になる悲観的な意見ばかりでした。当時は3000名程いた漁師も、現在は500名程。漁師という仕事がなくなると、琵琶湖のさまざまな生態系が崩れて、これまでのものが途絶えてしまう……。自分自身が漁師となり、琵琶湖と関わる人を増やしながら、ここでしかできない暮らし方や風景を作っていきたいと思いました」
一念発起して、漁師を志すことにした駒井さん。基本的に漁師は、家族や夫婦で行っているところがほとんど。まずは、長年えり漁を行っている漁師に3年間弟子入りすることになります。研修期間は、3年間。親方から一通り教えてもらったそうです。
「1年目は、魚の種類も的確な漁獲量も流れもわからない状態で、親方の作業に黙って従っていました。3年目でやっと一人でできるようになりました。毎日仕事を共にする中で、琵琶湖や漁に対する色々な考え方を教わりましたね」と駒井さん。
3年という期間を経て、独立。こうして駒井さんは、フィッシャーアーキテクトという肩書きで、漁師のスタートラインに立つことになります。
えり漁体験「BI-WAKE UP」で、湖魚を獲って美味しく食べる!
(写真提供:駒井健也)
毎日琵琶湖に接するようになり、一年を通じて琵琶湖の四季を感じられるようになったと駒井さんは言います。えり漁は同じ場所で網を張ります。そのため毎日やっていても、漁獲できる魚の種類や比率が変わるので、琵琶湖の中に生息する様々な生態系の営みを感じられるのです。「琵琶湖の多様性をまざまざと感じる」と駒井さんは話します。そして湖魚の美味しさを知ったと言います。
「美味しい湖魚といえば、ビワマスが有名ですが、それ以外にもびっくりするほど美味しい湖魚がたくさんあります。例えば、沖を泳いでいる鮒は、刺身や塩焼きでも美味しいんですよ! ノドグロよりも油が乗っていて、身にしっかり甘味がある、これは他の魚ではなかなか出ない味です。臭みなんて心配なし。どこで獲れたか、いつ獲れたかによって魚の味は全く変わることを知りました」
ほかにも色々な湖魚について教えてくださいました。例えば、ナマズ。琵琶湖で獲れるナマズでも、「イワトコナマズ」「ビワコオオナマズ」「マナマズ」と数種類分かれていて、それぞれおすすめの食べ方も違うのだそう。ちなみに琵琶湖の北側で獲れるイワトコナマズはまるで海老みたいにぷりぷりと甘く、ビワコオオナマズは中華料理の火鍋料理にぴったりなのだとか! 目から鱗の情報です。
(写真提供:駒井健也)
多様で面白く、奥深い琵琶湖の世界。もっと湖魚のことを知って欲しい。そのために駒井さんは、「BI-WAKE UP」という琵琶湖で目覚める企画を立ち上げています。
これは実際にえり漁を体験して、獲れた湖魚を一緒に調理して食べるという漁体験。スタートした当初は、一般の方に来てもらうことを想定していましたが、蓋を開けてみると、釣り人や淡水魚に興味がある人やディープな漁師体験を求める人からの申込みが多いのだとか。
黒川琉伊著『はじめてのびわこの魚』(能美舎) BI-WAKE UPに参加した中学生が執筆した書籍。
びわ湖や滋賀県周辺の河川に生息する魚42種類を、独自の視点から紹介した。
「春夏秋冬で取れる魚が違ったり、漁法も夏にしか扱わない漁法もあったりします。『BI-WAKE UP』に春夏秋冬を通じてリピートしてくれるコアなお客さんも多いです」と微笑みます。「湖魚がこの地域に生きている生き物だということ、琵琶湖との繋がりを感じてもらうことが重要なこと。だからこそ、漁に出て、一緒に調理して食べたいんですよね」。続けることで少しずつ認知も広がり、小学校の社会科見学や海外旅行客なども増えてきており、今後の広がりへの手応えも感じているといいます。
漁師+αで、琵琶湖の風景を守っていきたい
(写真提供:駒井健也)
「BI-WAKE UP」の他にも、色々なチャレンジを進めている駒井さん。「KOGYO EAT」という新鮮な湖魚のオンライン販売や家庭の食卓でそのまま食べられる湖魚の佃煮とは異なる加工品の製造販売なども手がけています。
「かつては湖魚を買って、家で炊いて食べる食文化もありましたが、そういう人も減っていくという現状。“湖魚をどう食べるか?”をこれから模索したいですね。こだわりのある料理人に湖魚を届けて、美味しく調理していただき、琵琶湖の食文化を守り伝えていきたいですし、海外にも淡水魚食文化を広げるために、アジアの料理人とのコラボレーションなども取り組んでいきたいです」
(写真提供:駒井健也)
また琵琶湖と共に働く仕事としての「BIWACO‐WORKS」のひとつとして、2022年からは「BIWAKOアーティストインレジデンス」も実施。これは参加者が漁師の日常を体験しながらアート作品を生み出すチャレンジで、県外から琵琶湖に訪れたアーティストが、実際にえり漁に参加。その体験が落とし込まれた作品が地元の図書館や、滋賀県立美術館に展示されるという取り組みでした。琵琶湖に興味を持ってもらえるきっかけになれば、どんなものでも受け入れていきたいという駒井さんの熱意と柔軟性を感じます。
(写真提供:BIWAKOアーティストインレジデンス実行委員会)
「ただ、一人の漁師だけでできることは限られています。同じような志を持ついくつかの拠点が琵琶湖にできれば、こういう活動も続けやすくなります。共感してくれる仲間を増やしていきたいですね」
漁師専業での収益は難しく、世の中の漁師自体も減っている現状。しかしジタバタしてもしょうがないと駒井さんは話します。変えられるところは変えていき、2次産業や3次産業、他業種の仕事を組み込みながら、漁師業を維持できるモデルケースになりたいと考えています。
「今は種まきの真っ最中。何年もかけて、芽が出て実っていく……、そのくらいのスピード感で腰を据えて取り組んでいきたいです。まずは琵琶湖の湖魚に触れてもらいたい。琵琶湖に残る風景を残したいという気持ちは今でも変わりません」
駒井さんを含めたえり漁師8件が所属し、研修を経て新規参入した漁師も複数名いる、志賀町漁業協同組合。その拠点の一つであり、駒井さんが活動している和邇漁港では、琵琶湖全域では唯一の捕れたて湖魚の直売を行っています。駒井さんに会いに行くもよし、新鮮な湖魚を食べてみるのもよし、えり漁に参加するのもよし。ぜひ一度、足を運んでみてはいかがでしょうか。
(写真提供:駒井健也)
Information
志賀町漁業協同組合(フィッシャーアーキテクト)
滋賀県大津市和邇中浜 和邇漁港内(Google Map)
営業時間:8:30〜9:30(この時間にとれたて鮮魚の直売を行っています)
定休日:日曜日
TEL:077-594-1345(電話予約可)
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※上記は2024年4月1日現在の情報となります。