#28 お茶マニアが世界中からこぞって集まる!
大津・「中川誠盛堂茶舗」で、100種類以上の茶葉からオンリーワンを選び出す愉しみを。
煎茶、抹茶、紅茶に中国茶、見渡す限りの茶・茶・茶! 掘れば掘るほど味わい深いディープなお茶の世界がここにはあります。大津市にある老舗「中川誠盛堂茶舗」の特徴は、単一品種の茶葉(シングルオリジン)のみを扱っているところ。生産者の想いと茶葉を丁寧に伝える茶舗には、コアなお茶ファンから圧倒的な支持を受ける、5代目・中川武さんのこだわりが詰まっていました。
実は大津って、1200年の歴史を持つ日本茶の祖なんです
マップが指し示すのは、その角を曲がった先。連れられるまま進んでいくと、目的地へと近づくにつれて漂ってくる香ばしいお茶の香り…。「中川誠盛堂茶舗」はJR大津駅から徒歩5分ほどでたどり着けます。“ほうじ茶”と書かれた店頭にある焙煎機では、店を代表する人気商品「赤ちゃん番茶」が、今まさに煎られています。
「まあまあ、遠いところからお越しくださって。お荷物を置かれてお茶を1杯いかがですか?」と、はつらつとした声で店に案内してくれたのは、5代目の中川武さん。
安政5年(1858年)創業という歴史を持つ茶舗には、「宮内庁御用品」「陸軍病院御用達」などの札が各所に掲げられており、もちろん現在進行形で茶葉が献上されています。古くは、彦根藩にも献上されたこともあるというのだから、その信頼たるや、想像を超えています。
お店は東海道五十三次の53番目の宿場町に位置し、その当時は大名行列が行き交う場所でした。「もっと古い話でいえば、奥の蔵には室町時代の壺、茶碗や木箱などがたくさん残っています。当時はこの辺りで捕れた海産物を積んで、信楽町にある茶畑で採れる朝宮茶と物々交換していたのではないでしょうかね」と中川さん。
ここで少しお茶の昔話を…。
日本茶の起源は、西暦805年に遡ります。比叡山延暦寺を開いた最澄が遣唐使として中国に渡った際に、般若心経と共に茶の種を大津に持ち帰ったと言われています。その茶の種が比叡山麓大津坂本に植えられ、日本最古の茶園といわれる「日吉茶園」が生まれたのだそう。「ご存じない方も多いですが、滋賀県は日本茶の起源ともいわれているんですよ」。
現在も滋賀県で育った茶葉が、全国各地に送られているのだそう。これは滋賀県の人にもっと知ってほしい事実ですね!
シングルオリジンにこだわるのは、生産者への敬意
そんな歴史のある茶舗に用意されているのは、100種類を越える茶葉。その全てがシングルオリジン。パッケージに生産者の名前が添えられているものもあります。
「シングルオリジンは、生産量も限られていますし、生産者との繋がりがないと仕入れることができません。うちくらいの規模だから続けられているのだと思います」
中川さんは茶畑に足繁く通い、生産者と語ってきたといいます。生産者の中には、“採れた茶葉は中川誠盛堂に納めるべし”、という家訓が100年前から残されているところもあるそうです。そこには長年、生産者と培われてきた強い信頼関係があります。
「シングルオリジンには、生産者の個性が出ます。その個性が面白いし、お茶好きに伝えたいんです。ちなみにここにあるお茶については、全部説明できますよ」と微笑む中川さんの言葉から、お茶への愛と真摯な姿勢が伝わってきます。
基本的に店内にある茶葉は、全て試飲可能。取材時も、ぜひ茶葉の違いを味わってほしいと、一つひとつ丁寧に入れて試飲させてくださいました。
「本当の高級茶には、お茶に埃のような産毛が浮くんですよ」と説明する中川さん。旨味がしっかり感じられる、まるでお出汁のような味わいでした。
続いては、希少価値の高いお茶「政所茶」。鈴鹿山脈の谷あいの集落、東近江市政所町で生産されている茶葉です。幼少の石田三成が秀吉に献じたとして有名なお茶で、この政所茶を求めてロンドンからバイヤーが店舗に訪れたこともあるのだとか。
一番人気の「赤ちゃん番茶」は、赤ちゃんも飲めるというノンカフェインの茶葉で、万人受けする飲みやすさ。2〜3月の厳冬期に収穫される春番茶は、冬季で害虫が発生しないため農薬は必要なく、さらに厳しい冬の間に蓄えたポリサッカライド(※)などの有効成分がより多くなるそうです。
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※「多糖類」を英語で表現したもの。体脂肪の燃焼、血糖値の低下、血圧の降下、糖尿病の予防などに効果があると報告されています
本物の春番茶100%なのはうちだけ、と中川さんが太鼓判を押すお茶で、なんと滋賀県で採れる春番茶は全て、中川誠盛堂茶舗が買い取っているというのだからすごい。海外の方にも人気で、現在アメリカ、ドイツや台湾の日本茶専門店に、毎月400ケースほど納品しているそうです。
マニアもうなる、中川さんの茶葉ラインナップ
お茶の味わいをさらに引き立ててくれたのが、中川さんが話してくださるお茶の背景にある小噺。
「ペリーが黒船で来日したときに、大津の役人がたまたま対応したそうです。コーヒーに変わるものはないかと聞かれて、提供した大津のお茶をペリーがたいそう気に入り、鎖国が解けた際にアメリカに送られた第一号のお茶となったんです」
店内にはその記録として、藩に納めた藩札も残されています。他にも中国でみた茶畑の話、茶の種類の歴史など、ユーモアのある茶話が尽きませんでした。
最初は茶嫌いでしたが、お客さんと会話するうちに、お茶の魅力にどっぷり浸かっていったという中川さんは、今や誰よりも茶を愛する人。その時の趣向が反映されるというラインナップには、最近中国茶コーナーが増量中。その理由は中川さんが最近、中国茶の魅力にハマっているからです。店内に陳列されている茶器は、お茶を追求するうえで知らず知らずのうちに増えていったもの。中川さん曰く、茶器によってお茶の味は全く変わってしまうというのだから、お茶の世界は本当に奥深いですね。
日夜、日本全国のみならず海外からも、お茶マニアが茶舗に訪れ、「長いときは半日、お茶を飲みながら語っているときもあります。もう大変ですよ」と笑う中川さんは楽しそう。お茶への熱い想いと深い知識のある中川さんの蘊蓄は、多くの人を魅了し、茶舗を訪れる魅力の一つになっています。
香ばしいお茶の香りに引き寄せられて、迷い込んだ個性豊かなお茶ワールド。ストーリーのある茶葉に触れて、味わい深いお茶の世界に出合える場所が大津市にあります。