#39 源氏物語が生まれた石山寺の魅力とは。
歴代初の女性座主・鷲尾 龍華さんに聞く

「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり……」源氏物語の冒頭の一節です。歴史を代表する物語が生まれたとされる、女流作家・紫式部ゆかりの石山寺。四季折々の花が咲き誇る花の寺としても知られています。そんな石山寺の座主である鷲尾 龍華(わしお りゅうげ)さんは、歴代初の女性座主。石山寺の歴史やその魅力についてお話を伺いました。

 

※記事中写真の許可なき複製は固くお断りいたします

聖武天皇の勅願により建てられた寺院

 

紫式部をはじめ、古来より多くの文学者が訪れたことから「文学の寺」とも呼ばれる石山寺。創建747年と伝えられる歴史ある霊山で、秋には2000本もの紅葉が境内を鮮やかに彩り、梅や桜、菖蒲に蓮などが咲く「花の寺」としても知られています。

「京都の清水寺と奈良の長谷寺、そしてこの石山寺は、『三観音』と呼ばれ、日本でも有数の観音霊場として広く信仰を集めてきました。平安時代の頃、『枕草子』でも清水寺の混み具合が書かれています。長谷寺のように遠いところには、皆遠出する時は覚悟していたそうですよ。比較的アクセスしやすかったのが石山寺で、観光信仰の聖地でもあります」と鷲尾さんは話します。

 

石山寺の始まりは奈良時代、東大寺の大仏建立の時です。大仏に塗布するために大量に必要だった金が不足なく掘り起こされるようにと、良弁僧正が石の上に観音様の像を置いて祈ったところ、陸奥国で黄金が見つかり大仏完成がなされます。なんとその像が岩から離れなかったため、そのまま岩の上に草庵を立てて寺院としたのが石山寺の始まりといわれています。

 

滋賀県の甲賀や高島などの山から切り出された木材は、この石山寺に一旦集められ、大和川を遡って、奈良の都まで運ばれていたそうです。天皇の勅願で建てられているため、国家的な催事も行われていたとのこと。

石山寺の場所には、『造東大寺司(ぞうとうだいじし)』という役職が置かれ、東大寺の造営に必要であった木材を集める役割だけでなく、その付属物の製作や写経事業も担当していました。そのため石山寺には何千点もの書物が集積されており、今でいう文化センターのような役割もあったそうです。文献を活用した写経や当時の研究ノートなども多く残されています。


《左》収蔵庫内の様子、《右》石山寺一切経函 (ともに写真所蔵:大本山 石山寺)


重要文化財:石山寺一切経第三十九函八号『瑜伽師地論巻第二十一』 (写真所蔵:大本山 石山寺)

 

石山寺の景観で、最も特徴的なのはその大きな岩。硅灰石は、石灰岩に花崗岩が接触したことによる熱作用で変質したものです。元々は白く、通常は大理石となるものが、石山寺のように雄大な珪灰石となるのは大変珍しいこと。それ故に神々しく、古来より神聖な場所とされてきたのでしょう。

 

 

源氏物語、更級日記……女性作家がこぞって訪れた、開かれた場

 

高野山など厳しい修行をする寺では、女性が入山できない場所もありました。しかし石山寺は昔から広く開かれており、当時から女性が積極的にお参りできる寺だったといいます。

「平安の貴族にとってもお参りしやすい寺で、『石山詣』として流行りました。参籠といって、神社や仏堂などへ参って、一定の期間昼も夜もそこにお籠もりするんですね。女流文学日記にもよく残されています。藤原道綱母による『蜻蛉日記』にも石山詣に行ったという記述が残されています」

 


重要文化財:『石山寺縁起絵巻』巻三第一段 (写真所蔵:大本山 石山寺)

 

「ある時自暴自棄になって、朝方に京都を飛び出て徒歩で向かい、逢坂の関を超えて、石山寺に夕方に着いたと。今の時代で考えるとありえない距離ですが、そのくらい気軽に来られる場所だったことがわかります。瀬田川に沿って、水の風景を楽しみながら訪れることができることが、石山寺の大きな魅力だったのかもしれませんね」

 

続いて、鷲尾さんから紫式部のお話が語られます。

「一番有名なのが紫式部のストーリーでしょうか。1004年、紫式部は当時仕えていた中宮の彰子に“新しい物語が読みたい”と言われましたが思い浮かばず、石山寺に参籠して観音様に祈ったという話が残っています。7日間石山寺に滞在していましたが、それは一年で一番月が綺麗な中秋の頃。夜に外を見ると、出ていた月が琵琶湖に映っている姿を見て、源氏物語の一節を思いついたと言われています」

 

誰もが一度は耳にしたことのある作品であり、2024年の大河ドラマの影響でますます注目されている『源氏物語』。このように作品が生まれたのだと知ると、今までとはまた違った趣を感じられそうですね。

 

 

第53世。初の女性座主になるまで

 

そんな石山寺に生まれ育った鷲尾さん。幼い頃から座主をしている祖父との交流も深く、当時からお坊さんという職業に憧れを持っていたそうです。一般の中学高校に通い、大学では西洋美術史を専攻していました。画家のシャガールが好きだったことをきっかけに、ロシア革命とそれに付随する芸術運動についての研究に没頭していたそうです。大学卒業後は一般企業に就職し3年勤められました。

 

「会社勤めの時、今の時代では悩みが深くなる人が多く、自分自身も社会って大変だなと感じました。心を病む同世代の人を目の当たりにする中で、自分がやりたいことは、利益を求めていくことよりも、心を見つめることだと改めて気づきました。苦しみをどうやって克服していくか、どう共に生きていくかを知ることが私のすべきことだと感じました」

 

それから真言宗の大学に編入し、仏教や密教を学び、卒業してから今に至ります。安産祈願や厄除けなどさまざまな祈願が求められる石山寺。現在では、月に数回行われる法要や祈願、寺に残る文化財の保護やエリア一帯に波及する観光事業など、幅広い役割を担っています。

 

2021年12月、第52世座主を勤めていた鷲尾さんの父が病に倒れお亡くなりになったことで、それを引き継ぐ形で鷲尾さんは座主となります。座主に就任した当初は、びっくりするくらい落ち着いていて、全く気持ちが揺れることがなかったといいます。

 

「どこかで覚悟していたのだと思います」と鷲尾さん。さまざまな行事に一つひとつ真摯に向き合う日々。「周りに心配をかけないように、弱いところを見せないように必死になっていたのかもしれません」

 

そんな鷲尾さんは、2023年4月に晋山式を終えたばかり。これは座主になることを、仏様と一般の方に報告する行事で、全国から300名ほどの僧侶や関係者が集まりました。「大変でもありましたが、一生忘れられない思い出になりました。終わってからホッとして、落ち着きましたね。これでやっと周りの人に安心してもらえたかなと」と笑顔を見せます。

 

 

心を見つめること。石山寺の座主となり気づいたこと

 

石山寺の僧侶になった時から、鷲尾さんには、毎日継続していることがあります。

「朝、本堂の前に1時間くらい座り、仏様に真言を唱えて、印を結び、瞑想をします。これは自分の中に仏を見出していき、自分自身が仏であると思い描いていく作業で、私達の宗派に脈々と伝わってきている技術です。朝の時間は大切な時間。煮詰まっている時に視界が開けることもありますし、自分の悩みを観音様に預ける時もあります。観音様に見守ってもらっているんだなと私自身が日々実感しています」と鷲尾さんは微笑みます。

 

注目される初の女性座主でありながら、取材中も常にニュートラルな印象を受ける鷲尾さん。座主になる前も後も、あまり性差を意識したことはなかったと話します。

「就任して初の女性座主と言われるようになって、特殊な存在だったのかと周りから気づかされている感じです。しかし実際のところさまざまなお寺の法要に行っても、40人くらい僧侶がいる中で女性は私だけ。まだまだ女性僧侶は少ない状況です」

 

「今修行道場で教えているのですが、道場に通われている女性のお母さんに、私がいて助かったと感謝されたこともあります。意図しないところで役割を担っているようです。これからの時代、お寺の若い娘さんが跡を継ぎたいというケースも増えるでしょう。私がこれから仏教を志そうとする方のひとつのモデルになれたら幸いです」

 

 

自然豊かで広大な丘陵地に広がる、石山寺と地域の見どころ

 

自然とともに歴史や文化が息づく石山寺。鷲尾さんに境内の見どころを教えていただきました。「本堂の一室に紫式部が参籠していた『源氏の間』という部屋があります。そこに置かれた十二単を着た紫式部の人形は、窓から月を見ている様子で、源氏物語が生まれた瞬間を捉えています。

 

もうひとつは月見亭。近江八景のひとつ『石山の秋月』が描かれています。境内の上の開けた場所にありますが、旧暦の8月十五夜の頃には、石山寺では中秋の名月にあわせて「秋月祭」を開催しています。今年は見えるかなと周りの人と話しながら、雲から月を待つ時間が、私はとても好きです。


月見亭と月(写真所蔵:大本山 石山寺)

 

本堂まで上がっていく小道は個人的に好きな場所。逆さ紅葉が映る閼伽池(あかいけ)から、本堂を見上げると、山の斜面に建てられていてまるで舞台のように見えます。石切場があり、切り出されている途中の岩もみられて、道が綺麗で緑から色づく紅葉を眺められて風情があります。あ、小道の脇の木にはリスも住んでいますよ」

 

石山寺の周辺一帯が広大な丘陵地で、ゆったりと散策できるエリア。眼の前を流れる瀬田川からの風景は、石山寺ならではの魅力でしょう。石山寺が保存している仏像や書物の中には、文化財指定されていないものも多い一方で、鷲尾さんはそれも土地の文化として守るべきだと考えています。

 

「観光は、ただ人が来ればいいというものだけではありません。その土地の特有のものや培ってきた文化は、崩してはいけないと思います。石山寺は昔から交通の要衝として存在してきました。ここは道が奈良から京都若狭に抜けてちょうど結びつく場所なんです。地域に根づく歴史と共に、伝えていきたい。周りの地域との関係性や歴史を見直しながら、観光として連携していきたいなと感じています」

 

四季折々の自然、壮大な岩、舞台のような本堂、月が映り込む池……石山寺の境内の細部に宿る、自然の織りなす美しさ。境内の風景を眺めながら、人々に敬愛されてきたこの寺の歴史に存分に浸ってみてはいかがでしょうか。

 

Information

大本山 石山寺

滋賀県大津市石山寺1-1-1Google Map
参拝時間:8:00〜16:30(最終入山 16:00)
TEL:077-537-0013

ホームページ / X / Instagram / Facebook / YouTube

 

※上記は2024年3月1日現在の情報となります。

 

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