#49 懐かしくて、新しい!町を見守り続ける「豊郷小学校旧校舎群」のガイド付き見学ツアーに参加しました
風光明媚な町、豊郷町。郷土の豊穣を願って命名された「豊郷」の名の通り、現在もその面積の半分以上が水田となっています。また旧中山道が通る交通の要所であり、近江商人の発祥地のひとつとしても知られています。
昨今、この町に多くの観光客が訪れています。その目的地が「豊郷小学校旧校舎群」。アニメ「けいおん!」に登場する高校のモデルだとしてファンの間で脚光を浴び、「聖地巡礼」先として人気を博しているのです。
「東洋一の小学校」の変遷とは?
小学校の校舎内は、無料で自由に見学可能。今回はガイド付きツアーで、一般公開されている豊郷小学校旧校舎群内の案内に加えて、通常見学できない教室や施設を巡りながら、建物とその歴史についてたっぷり伺います。
案内してくださるのは、豊郷町観光協会ボランティアガイド「扇会」の北村進さんと豊郷町観光協会の野村惣さん。それではツアーのスタートです!
豊かな水田が広がる町の中に、どーんと現れる左右対称の門構えと、白鷺が左右に大きく翼を広げたかのような建造物。前庭にある円形の噴水に沿って道路を進んでいくと、小学校の玄関に辿り着きます。
西洋建築の粋を凝らした「豊郷小学校旧校舎群」は、近代日本を代表する建築家 ウィリアム・メレル・ヴォーリズによる設計です。1937年に建てられたこの校舎は、当時珍しい鉄筋コンクリート造で、当時「東洋一の小学校」と称されたそうです。2009年には町立図書館や子育て支援センターなどが併設された複合施設へ全面リニューアル。まさに町の拠点として機能しています。多い時には1日500人の観光客が訪れることもあるというのだからすごいです。
それにしても当時、この町になぜこのような近代的な建物が建ったのでしょうか?
「この旧校舎は、豊郷町出身の古川鉄治郎氏による寄贈です。彼は、現在の伊藤忠商事・丸紅の創設者である伊藤忠兵衛氏に仕え、丸紅の専務まで上り詰めた人物。まさに近江商人ともいえる古川氏が、当時の村長に『豊郷小学校の敷地と建物を寄付したい』と申し出たことで実現しました」と北村さん。
なんと工事費の総額は、古川氏の私財の3分の2。現在の貨幣価値で数十億以上だというのだから驚きです。最先端の建築技術を使って建てられた小学校には、大きな講堂や高い天井を持つ図書館、体育館、タイル張りのプール、400メートルトラックがとれる運動場、実習農園などが設置されていました。現在でもこれだけの設備が整った小学校は少ないので、当時どれだけセンセーショナルな建築物だったかが想像できます。
そのような校舎も2000年頃、解体の危機に直面したことがあるのだそうです。「築60年ほど経ったころ、老朽化と耐震性の問題から、解体計画が当時の町長から出されたことがありました。町議会も賛成多数で承認可決…。そんな中、卒業生を中心とする住民たちによって熱心な校舎保存運動が行われました。町長のリコールなどが展開され、結果的に裁判などを経て、旧校舎は保存されることになりました。その後耐震や改修工事を経て、今の施設になりました」
住民の思いが通った小学校。特に実際に通われた卒業生にとっては、その思いは強いものだったでしょう。
約1時間半の盛りだくさんの案内ツアー!
2002年頃まで、実際に小学校として使われていた旧校舎。校舎内の各所には、豊郷の子どもの成長を思い、細部にわたった配慮がなされています。木目の廊下を懐かしい気持ちで歩いていると、階段の下にあるスペースを発見。その名も「弁当保温所」!当時には珍しく全教室には暖房設備が整っており、ボイラーで焚いた蒸気で全教室を暖めるセントラルヒーティングが採用されていました。その熱を利用して、階段下にあるボイラー室は、子どもたちの弁当を温める余白スペースとして使われていたのだそう。なんともユニークなアイデアですね。お弁当の中に刻みスルメを入れていた弁当が温められて、扉を開けたらスルメの匂いが充満していた、というちょっと笑えるエピソードもお聞きしました。
そのまま階段を登ろうとすると、小さな真鍮像がふと目に入ります。ウサギとカメです。思わず写真を撮ってしまいました。
「階段の手すりに飾られたウサギとカメの像は、イソップ物語の寓話に因んでいます。踊り場では昼寝をしたウサギが、そして3階の最後の手すりにはゴールしたカメが。1階から3階まで物語を追うようにストーリーが展開されています。これは古川氏の『このウサギとカメの話のように、努力を積み上げれば前進でき、成功することができる』と先生から励まされた話をヴォーリズ氏が聞き、装飾に落とし込んだのです」と野村さん。ううむ。大人になって改めて聞くと少し耳が痛い話ですが、子どもたちにはぜひ伝えたい哲学ですね。
廊下と教室をつなぐ窓にも注目を。3段に分かれた窓も、下から1,2段目は内開き、一番上の3段目は外開きとなっています。廊下を歩く子どもたちにぶつからないような仕様になっています。扉も西洋的な外開き扉。当時の一般的な日本の建築は引き戸だったので、それだけでも珍しいです。廊下に描かれた黄色いラインは、扉に慣れていない子どもたちのための目印。また現在は取り外されていますが、廊下には暖房器具が設置されていた箇所も見受けられます。
旧校舎はドラマや映画のロケに使われることも多いそう。職員室などには、当時珍しい備え付け内線電話も!校舎内の内線電話も整備されていたそうです。復元教室では机と椅子が一体となったデザインが施されていました。大人になるともうサイズが合わず座れません…。
校舎から渡り廊下で繋がっている、旧講堂へ移動します。400人着席できるベンチが用意されており、まるで教会の雰囲気。ステンドグラスこそ貼られていないにせよ、滑り出し式の高窓はまさにそれ。緩勾配に貼られた床板張りも、後ろの席からも壇上が見えるようにという細やかな配慮を感じました。
そして通常非公開の教室へ。2階の理科室および理科準備室は、これまた宝物の山でした。黒板の横にある「コックス実験用電源装置」は、理科実験で使用する電力を供給する装置で、島津製作所製なのだとか。カメラを現像するための暗室や教材用の変圧器なども揃っており、教育にかなり力を入れていたことが伺えます。
昭和36年には、ソニー教育財団が設立された「ソニー理科教育振興資金」最優秀賞の授賞式がこの小学校で行われ、時計内蔵の記念碑が運動場に建てられたこともあるそうです。理化学の促進に貢献したいという設立者の想いがあらわれています。
アニメの聖地へと。旧小学校を今へとつなぐ
一際賑わう、旧校舎の3階会議室と唱歌室。通称「部室」がここにあります。そこは「けいおん!」ファンの聖地です。女子校の軽音部を舞台にしたアニメで、主人公たちが集ってお茶をする部室のモデルとされています。黒板にはさまざまな言葉で書かれたメッセージやアニメのグッズが陳列されています。実際にコーヒーカップなどのセットも置かれていますが、作品を愛するたくさんのファンが持ち寄られたものだと野村さんは説明します。
給湯室には、アニメのグッズなども棚に陳列。「ファンの方によって次々とアニメに登場する備品が寄贈され、いつしかアニメそっくりの部室になりました。ファンの方のために、コスプレ撮影も自由にできるようにしています。唱歌室では、フリーセッションライブが行われる時もあるんですよ」と北村さん。この管理者側の懐の深さこそが、ファンと旧小学校の関係を円滑にさせている秘訣なのかもしれません。
他にも、別館の旧酬徳記念図書館にある、観光案内所・フリースペースの一角には、ファンによるグッズやメッセージボードもあります。前出した講堂では、ファンの発案によるライブイベントも開催されているのだそう。ファンでなくても、ファンになってしまいそうな勢いです。
古川氏が建築した当時の想い、ヴォーリズ建築の魅力、そしてアニメをきっかけとした世界への発信など、さまざまな要素で注目されている「豊郷小学校旧校舎群」。過去の文化財としてただ守るだけではなく、住民が普段利用する複合施設として機能し、新たな観光の層を取り込みながら、「生きる建物」として現代に繋げています。建物をゆっくりと巡り、歴史と紐づけて知ることで体験はより深いものになります。アニメファンでも、そうでなくても楽しめる、懐かしくて新しい、そんな小学校に一度訪れてみてください。
Information
豊郷小学校旧校舎群
滋賀県犬上郡豊郷町石畑518(Google Map)
開館時間:9:00〜17:00
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日火曜日が休館日)・年末年始
TEL:0749-35-3737(豊郷町観光協会)
※上記は2024年10月1日現在の情報となります。