#63 近江随一の歴史ある酒蔵「山路酒造」が醸す、
時を超えて愛される桑酒と、北国街道に息づく味わい
旧中山道と北陸を結ぶ北国街道の宿場町、交通の要衝としても栄えた長浜市木之本。この地で今も昔も変わることなくつくられてきたのが、かの島崎藤村も愛したという「桑酒」です。全国的にも珍しいユニークなお酒は、どうして人々に求められ、魅了してきたのでしょうか。500年に迫る酒づくりの答えを探して、「山路酒造」女将の山路祐子さんにお話を伺いました。
数々の資料・文献から知る桑酒の歴史

山路酒造の創業は1532年、日本で4番目に長く続く酒蔵です。歴史の舞台・ゆかりの地も数多いこの町で、その伝統を連綿と受け継いでいます。
酒づくりが始まったのは今から493年も前のこと(2025年取材時点)。時は戦国時代です。
「桑酒と清酒と、どちらもその頃からつくり続けています。桑酒については、ご先祖が見た『桑を使ったお酒をつくると甘くて香ばしいお酒ができる』という夢のお告げをきっかけにつくられた、と伝わっているんです。それはほんと言い伝え、もう伝承ですよね(笑) 」

江戸時代の終わりごろからは、さまざまな資料で桑酒の記述を確認することができます。
「これは前田土佐守家資料館にあったもので、1816年に書かれた、お殿様のお付きの方の日記です。木之本にお泊まりになった際に『献上の桑酒を飲んでよろしき風味』とありますし、『徳利を2つ取り寄せた』ということも書かれています。江戸時代には木之本に桑酒があって徳利売りをしていたということがわかります」
酒蔵名の記述こそありませんが、江戸時代にあった木之本の酒蔵、桑酒をつくっていた記録、の2点から必然的に山路酒造を指すことになるのでは?と山路さんは考えています。


こちらは大正時代、桑酒の取り寄せを依頼するお手紙。宛名の『清平(せえべえ)』は山路酒造の屋号で、代々襲名してきた名前なのだそう。
「手紙には『桑酒を一升注文します。合わせて金6円を送るので、送料不足のときは言ってください。島崎春樹』と書いてあります」
島崎春樹とは、明治・大正期に活躍した小説家・島崎藤村の本名。このような手紙は何通かあるということですので、文豪も気に入って飲んでいたことが推測されます。

1965年に水上勉によって発表された小説『湖の琴(うみのこと)』。この中の一節にも桑酒のエピソードが盛り込まれています。
「お話は余呉湖を舞台にした女工さんのお話なんですけど、木之本は昔から養蚕が盛んで、桑畑がたくさん広がっていたということで出てくるんですね。ここの文に『山路さんの桑酒をたんと飲んで…』とあります。おそらく水上先生は取材して、書いてくださったのだろうなと思いますね」

かつては『滋養有功』とされた、独特の製造法
桑酒の味わいとして非常に顕著なのが、一度飲めばクセになるような独特な甘みとコク。しかし砂糖は一切使っていないというので、なんとも驚きです。

「桑酒って梅酒ぐらい甘いお酒なんですよね。梅酒は氷砂糖で甘みをつけますけど、桑酒は、糖度は同じくらいなのにお砂糖・甘味料は一切入っていないんです。皆さん不思議がるのですが、これは麹の糖化作用でできたブドウ糖、自然の甘みなんです」
甘みを引き出すつくり方。桑酒は、伝統みりん製法のリキュールであり、仕込まれた本みりんと、桑の葉や桂皮・五加皮などを焼酎に漬け込んだエキスを混ぜてつくります。原材料の配合は、一般的なみりんともまた異なるのだとか。
「麹の量がものすごく多くて、みりんを造っている方に伝えるとびっくりしていました。これはもう先祖から代々受け継いで造っていますので。それでも、伝統みりんの製法であるのは確かです」

店内には、その長い歴史を感じる古い大きな木製看板が飾られています。そこには『滋養有功』との文字が。「あれは昔の看板ということで。今はそういうことは言えないんですけど…」と山路さん。従来は桑の実や根などもいろいろと漬けこんだりしていたそうですが、現在は薬機法の関係もあり、入れられるものには一定の制限があります。
「30年ほど前ですかね、県の薬事関係の方が来られて薬酒の免許のお話がありました。長いこと続いてきた桑酒をやめなあかんのかなと危機が訪れたんですが、桑の葉なら“お茶にもなっているくらいなんで大丈夫”と許可をもらうことができたので、それからは葉を入れるようにしています。そうしてからもお酒の味自体はそんなに変わってはいないですね」
桑酒は薬酒ではないので効能はうたえませんが、桑の葉にも血圧を抑えたり、血糖値を下げたりする効果が期待できるとされています。

昔の看板にあるように、当時は薬用酒的な位置づけで人々に飲まれていたのかもしれません。
「ブドウ糖はけっこうね、疲れた体を癒やすっていうふうには言われていて。もちろんお薬ではないんですけど、今でも、ちょっと疲れたなっていうときに飲んでもらったら元気が出ますよ~くらいは言ってもいいのかな」

店内の看板はあくまで、伝統をあらわすために…、ということで。
「侍の時代からあったお酒ということで、外国人の方には『これはお侍さんの時代のエナジードリンクです』って伝えると皆さん笑ってくださいます(笑)」
冷やしても、燗しても、割っても美味しい桑酒

ストレートで飲めるようにと、桑酒のアルコール分は15度仕上げ。そのままロック、冷やして食前酒で美味しく味わえます。「甘いお酒ですのでアイスワイン感覚でも楽しめますし、50度くらいに燗してもまたいい感じで」と山路さん。
なかでも今イチオシの楽しみ方はモヒート。レモンやライムなど柑橘系との相性が抜群で、炭酸で割ると桑酒本来の甘さがありながらすっきりした後味となり、自然とグラスが進んでしまいます!シークヮーサーでビターに、渋く仕上げるのも良いですね。
「ある料理人の方の助言をきっかけに提案しています。昔は『寝酒で』とか『疲れたときに』みたいな感じだったので、好きな人はおじいちゃんおばあちゃんに限定されてみたいなことが多かったんです。もっと幅広い方に美味しく思ってもらえると嬉しいですね」

「モヒートでもストレートでもいえることなんですけど、口の中にいつまでも甘みが残ることがないです。甘いお酒が苦手な方でも飲んでいただけると思っています。お砂糖の甘みじゃないので、罪悪感なく飲めて身体にも優しいお酒ともいえるのかな、と」
お酒が飲めない方でも楽しめるスイーツを
桑酒の特徴を生かしたスイーツの存在も見逃せません。山路さんの長年のアイデアが形になったラインナップです。
「桑酒を飲んで『ケーキとかアイスクリームとかに合わせたら、絶対これ美味しいわ』とずっと思っていたんですけど、1000個も2000個も作るわけじゃないので。少量生産で作ってくださるパートナーさんになかなか出会えなかったんですが、見つかったのがだいたい15年くらい前ですかね」

マドレーヌやアマンディーヌは桑酒のやさしい甘さが絶妙で、桑酒を入れてから焼いてあるため子どもも食べやすい商品。桑酒をつくる際にできる「みりん粕」を使った塩クッキーは、おやつとしてはもちろん、ほんのりチーズクラッカーのような風味からお酒のおつまみとしてもgood!

桑酒感を強めに感じるならパウンドケーキ。焼いてから桑酒に漬けているため、風味がふわーっとダイレクトに口を駆け巡ります。1本あたり90ccの桑酒が入っており「しっとりしていて、喉の詰まらないケーキと紹介しています」と山路さん。
ちなみに2026年3月ごろには、桑酒スイーツの新ラインナップが登場予定とのこと。これは楽しみですね!!

5,6年くらい前から販売しているのが桑酒ジェラート。よく見かける酒粕のジェラートではなく、日本で唯一の桑酒の味わいをより生かせるようにと“桑酒のジェラート”をつくることにしたといいます。
「それはもう試行錯誤しましたね。桑酒を何%入れるかって何種類もつくってもらって食べました。私は本当はもっと桑酒がガツンと感じられるものをと思っていたんですけど、何度も試すうちに、ちょっと足らずくらいが良いのかなって。1カップ食べたときに『美味しかった、また食べたいな』と思っていただける味わいに仕上げました」

「お酒を買いに来てもらったとき、お酒が飲めないお連れさんにはお菓子を買ってもらったり。いろんな面で楽しめるお店と思ってもらえれば嬉しいです」
みりん粕の価値を広めたい
日本酒醸造時に酒粕ができるように、桑酒の醸造ではみりん粕が残ります。これはもちろん、桑酒が伝統みりん製法を用いているからに他ならないのですが、山路さんは、このみりん粕の活用にもアイデアを絞ります。

「桑酒を搾る夏には、みりん粕がたくさんできるんですが、この周辺では昔から、うちのみりん粕を奈良漬けに入れていたんです。なので昔は夏になると、みりん粕が飛ぶように売れていました。ですが、漬けていた方たちがどんどんとお年を召していったりして漬けるのをやめ、みなさんがみりん粕に触れる機会が減っていったんです」

パラパラと梅の花がこぼれるように咲いて見える形状から、“こぼれ梅”とも呼ばれるみりん粕。甘みがあってそのまま食べても美味しいうえ、“レジスタントプロテイン”という、余分な脂質やコレステロールを吸着して体外へ排出するタンパク質も含まれています。
「『これは発信せな』と思いまして、料理の先生にお願いしてレシピ本をつくり、みりん粕を買ってくださる方にプレゼントしたんです。料理の隠し味に入れてもいいし、グラタンにもいいし、簡単にスムージーもできるし。奈良漬けもそう。夏だったらゴーヤチャンプルーにちょっと入れたりするとコクが出たりしてね」
さまざまな料理に合い、腸内環境を整える効果まで期待される発酵食品、みりん粕。「桑酒とともに、こんな良いものがあることを知られずにいるのはもったいないと思って、最近はこうやって発信をしたりしています」と山路さんは話します。
“1杯飲んで、またつぎたくなる”日本酒を求めて

「近くにはもう1軒、七本鎗さんもありますけど、いちおう日本酒も美味しいのを造ってて(笑)」
そう笑って謙遜する山路さんですが、山路酒造で長きにわたって人々に親しまれてきたのは日本酒も同じです。銘柄名はその時々によって変化してきました。ひとつ前は『鳰自慢(におじまん)』、さらに前には『大地蔵』という名前でつくっていたといいますが、25年前ほどから現在の銘柄になっています。
「目の前の道が、彦根の鳥居本から金沢のほうまで続く北国街道です。その街道沿いでずっとお酒づくりをしているので、『北国街道』という銘柄にしました」

2025年度の『北国街道』は、特に自信作が仕上がったといいます。
「若い杜氏さんだったんですが、すごくいい麹を作ってくれてね。できた酒もとても美味しかったんで、ロンドンの品評会に初めて出品してみたんです。そしたら、良い賞をいただきまして。 『やっぱり美味しいものは世界共通なんや!』とか思って、桑酒だけじゃなくて日本酒も良いものを造っていますよ、と紹介できてよかったのかなと思っています」

エントリーしたのは、世界最大級のお酒の品評会「インターナショナルワインチャレンジ」。2025年の新酒『北国街道 純米 無濾過しぼりたて生酒』が、みごと、SAKE純米酒部門で銀賞を獲得しました。
「今回は本当に玉栄がいいお米で、つくった杜氏さんも『玉栄でこんないい麴初めて作ったわ』って言っておられて。美味しくて、私も今年はたくさん日本酒を飲みました」

その喜びはひとしお。これからもより美味しい日本酒をつくるため、山路さんの想いは変わりません。
「うちは能登から杜氏さんに来てもらっています。私も30代くらいの頃からずっと蔵に入って、麹づくりから一緒に手伝わせてもらっているんです。酒蔵として、『北国街道』として求めたい味は変わらないです。飲み飽きしない、普段飲みできるお酒。今年のお酒がそうであったように“1杯飲んで、またつぎたくなるお酒”を目指していきたいなって思います」
これまでもこれからも、この地で、人々を惹きつけて

木之本は歴史のゆかりが多い場所。昔は町内に牛馬市があって、牛や馬を売り買いすることができたらしく、逸話にも事欠きません。
「一説によると、山内一豊の妻・お千代さんがここで買った馬が名馬で、一豊の出世に繋がったという話も木之本ではあります。このあたりは街道の幅が広く、馬や牛を実際に走らせて売り買いをしていたみたいです。建物のところどころには、今でもまだ馬や牛をつなぐための金具が付いていたりします」


町並みのあちこちに、宿場町だった当時を想起させるような風情ある建物が残る木之本。山路酒造の主屋も例外ではなく、江戸時代から300年ほど建つ門の部分は、登録有形文化財に指定されています。釘を使わない、お寺や神社と同じ建て方なのだそうです。

また、昔は店舗前の街道中央に水路があり、そばには柳の木が植わっていたといいます。
「牛馬をこの柳につないで水を飲ませていたから、“馬つなぎの柳”。そして人間はというと、うちで桑酒を飲んで元気をつけて、また旅を続けていった、というふうに聞いています」
織田信長の生誕よりも2年早くに生まれていた山路酒造。数々の歴史、または偉人たちを見てきたといっても過言ではないのかもしれません。
「少し北に行った黒田っていう村は黒田官兵衛のお爺さんの跡地で、賤ヶ岳や余呉湖、小谷城も近いですし。戦国の、日本という国を作る前の段階のころもお酒をつくっていたのかと思うと、凄いことですね。山路酒造から5分ほど歩くと見える田上山(たがみやま)には、2026年大河ドラマ『豊臣兄弟』の主人公・秀長の砦が残されています。秀吉や秀長がどうか…までは分かりませんが、武将の誰かはうちのお酒を飲んでくれていたのかなぁ、と(笑)」

かつて養蚕の盛んな土地では珍しくなかったという桑酒も、今では山路酒造だけ。長い歴史の中で変わらなかったもの、時代やニーズに合わせて山路さんたちが見出し醸成してきたもの、それぞれの深い味わいに多くの人が惹きつけられてきたのでしょう。
笑顔が印象的な女将、山路さんの人柄にも、その答えがにじみ出ているように感じました。



Information
山路酒造
滋賀県長浜市木之本町木之本990(Google map)
営業時間:9:00〜18:00 毎週水曜定休
定休日:水曜日(元旦休業)
ホームページ / Instagram / オンラインショップ
※上記は2026年2月1日現在の情報となります。